2026年9月6日
説教題「励ましに満ちた言葉」
詩編 第28編1~9節
使徒言行録 第15章22~35節
二つのグループ
使徒言行録第15章を読み進めています。この15章では、「エルサレムの使徒会議」、あるいは単に「使徒会議」と呼ばれる出来事が記されています。最初の教会が誕生してから、この「使徒会議」に至るまでの間に、キリスト教会は大雑把に言えば二つのグループに分かれていきました。一つはユダヤ教の慣習、具体的には割礼や律法を重んじていたグループです。このグループに属したのはユダヤ人からキリスト者となった人たちで、エルサレム教会を筆頭に、主にユダヤ地方の教会に多く連なっていました。この人たちはこれまで大切にしてきた割礼や律法を、イエスをキリストと信じ、キリスト者となってからも大切にしていたのです。もう一つは、ユダヤ教の慣習を受け継いでいないグループです。そう言われると、こちらのグループにはユダヤ人キリスト者はいないように思われるかもしれませんが、そうではありません。このグループの中心は、シリアのアンティオキア教会の人たちですが、その指導者であり、「第一回伝道旅行」にも派遣されたパウロとバルナバは、ユダヤ人キリスト者でした。しかしこの人たちは、ユダヤ教の慣習を受け継ぎませんでした。より正確に言えば、救われるためには、ユダヤ教の慣習を守る必要はなく、ただイエスをキリストと信じる信仰のみで良い、と宣べ伝えたのです。そのようなパウロたちの伝道によって、割礼を受けず、律法を守っていない異邦人の中から、イエスをキリストと信じ、洗礼を受け、教会のメンバーとなった人たちが多く与えられ、小アジアの東南部に異邦人を中心とした教会が幾つも誕生したのです。このように当時のキリスト教会は、ユダヤ教の慣習を重んじるユダヤ人キリスト者を中心とした教会と、ユダヤ教の慣習から自由となり、イエス・キリストを信じる信仰のみによって神の民に加えられ、教会のメンバーとされた異邦人キリスト者を中心とした教会に分かれていたのです。
使徒会議
当時のそのようなキリスト教会の状況の中で「使徒会議」は開催されました。本日の箇所は前回の箇所の続きですが、前回見たように、「使徒会議」の発端は、ユダヤ地方からアンティオキア教会にやって来たユダヤ人キリスト者たちが、異邦人が救われるためには割礼を受ける必要がある、と主張したことにありました。この人たちはキリスト者ですから、イエスをキリストと信じることを否定したのではありません。イエスをキリストと信じることは必要だけれど、それだけでは十分ではない。それに加えて割礼を受ける必要がある、と主張したのです。しかしそれはパウロやバルナバがアンティオキア教会で、また「第一回伝道旅行」で宣べ伝えていた、イエスをキリストと信じる信仰のみによって救われるという「信仰のみによる救い」とは相容れないものでした。そのため両者の間に激しい対立が生じたので、アンティオキア教会は、この問題について協議するために、パウロとバルナバたちをエルサレム教会に派遣したのです。エルサレム教会でも、ユダヤ教のファリサイ派からキリスト者となった人たちが、同じように、「異邦人にも割礼を受けさせて、モーセの律法を守るように命じるべきだ」と主張しました。そこでこの問題を協議するために教会の会議が開催されました。それが「使徒会議」です。この教会会議で協議されたのは、異邦人が救われるためにはイエス・キリストを信じる信仰だけで良いのか、それともそれに加えて、割礼を受け律法を守る必要があるのか、ということでした。言い換えるならば、救いは、「信仰のみ」によるのか、それとも信仰プラス・アルファが必要なのか、ということであったのです。
何によって救われるかで一致した
繰り返しになりますがユダヤ教の慣習を重んじていた人たちは、ユダヤ人からキリスト者となった人たちです。この人たちにとって、イエス・キリストを信じる信仰によって救われるとは、割礼を受け律法を守っている者が、イエスをキリストと信じて救われることでした。それに対してパウロたちは、ユダヤ人であっても異邦人であっても、イエス・キリストを信じる信仰のみによって救われる、と宣べ伝えたのです。両者の間には、明らかに不一致がありました。それは、使徒言行録がこれまで語ってきたキリスト教会の歩みを考えれば、避けられない不一致であったといえます。しかしこの不一致を抱えたまま、キリスト教会は前に進むことはできません。二つのグループが一つとなって前進していくためには、自分たちが何によって救われるのかという点で一致する必要があったのです。その一致を見いだしたのが、この「使徒会議」です。「使徒会議」で決定されたことは、異邦人が救われるためには、イエス・キリストを信じる信仰のみで良いのであって、割礼を受ける必要はない、ということでした。もちろんこのことは異邦人にだけ当てはまることではありません。異邦人もユダヤ人も、そして私たちも、イエス・キリストを信じる信仰のみによって救われるのです。それは、私たちが自分の信仰という行為によって救いを獲得するということではありません。救いは主イエス・キリストの恵みによって、その十字架の死と復活によって私たちに差し出されています。イエス・キリストを信じる信仰のみによって救われるとは、このキリストの十字架と復活によって差し出されている救いを、私たちがただ感謝して受け取る、ということです。それが、「信仰のみによる救い」が意味していることなのです。
「使徒会議」のこの決定は、キリスト教会が、イエス・キリストを信じる信仰のみによる救いによって一致することを明確にしました。この決定によって当時のキリスト教会の二つのグループは、共に歩む土台を与えられらたのです。
会議の決定を伝える
このようにして「使徒会議」で、ユダヤ人でも異邦人でも、つまりどんな人でも、救われるためには、イエス・キリストを信じる信仰のみで良い、と決まりました。しかし教会の会議で決まったら、それで十分というわけではありません。連なる教会の人たちが、また当時、すでに各地にたてられていた諸教会が、この「使徒会議」の決定を受け入れ、重んじて歩んでいくことが必要です。本日の箇所は、そのためにエルサレム教会が何を行ったかを語っています。
22節に、「そこで、使徒と長老たちは、教会全体と協議して自分たちの中から人を選び、パウロやバルナバと一緒にアンティオキアに派遣することにした」とあります。ここで「教会全体」とは、エルサレム教会全体、ということです。そこにはファリサイ派からキリスト者となった人たちのように、異邦人が救われるためには割礼を受け、律法を守るべきだ、と主張していた人たちもいました。ですから「教会全体と協議して」と簡潔に語られていますが、会議の決定が教会のメンバーに丁寧に説明されたに違いありません。その説明を聞き、教会全体がその決定を受け入れたからこそ、エルサレム教会はアンティオキア教会にこの決定を伝えることにしたのです。しかも単に、パウロとバルナバをアンティオキア教会へ帰して、会議の決定を伝えたのではありません。エルサレム教会は、教会の指導者の中から人を選び、この決定を伝えるためにアンティオキア教会へと派遣したのです。
選ばれたのが、22節の後半にあるように「バルサバと呼ばれるユダ」と「シラス」でした。「バルサバと呼ばれるユダ」がどのような人物であるかは、よく分かりません。ただ「バルサバ」とはアラム語で「安息日の子」という意味ですから、彼はユダヤ教の慣習を重んじていたグループの代表であったと考えられます。他方シラスは、この後、「第二回伝道旅行」でパウロに同行することからも分かるように、パウロの立場、つまりアンティオキア教会の立場に近い人であったと考えられます。エルサレム教会の指導者たちの中にも両方のグループの立場の人がいて、その両方から代表を選んでアンティオキア教会へと派遣したのです。このことは、二つのグループが、「使徒会議」において何を信じているかで一致し、共に歩むことができるようになったことの象徴でもあったのです。エルサレム教会はこの二人に会議の決定を記した手紙を託しますが、ユダとシラスは、31、32節にあるように、単に手紙を読むだけでなく、アンティオキア教会の人たちに直接語りかけました。手紙に書かれていることが本当であることを、自ら証言し、明らかにしたのです。
会議の決定を受け入れ、重んじて歩むために
私たちも色々な教会の会議を行い、色々なことを決めています。しかし私たちはしばしば、会議で決めて、それですべてが終わったように思ってしまうことがあります。精々会議で決めたことを書面で報告すれば、事足りるように思ってしまうのです。「使徒会議」においても手紙が記されていますから書面の報告も必要でしょう。しかしそれだけで十分なわけではないことを、この箇所を読むと改めて気づかされます。私たちの教会は書面の報告が本当に生きた報告となるために力を尽くす必要があるのです。具体的には、ユダとシラスがそうしたように、教会にとって大切な決定については、労を惜しまず、口頭で丁寧に説明していく必要があります。そのことによってこそ教会に連なる人たちは、あるいは諸教会はその決定を受け入れ、重んじて歩んでいくことができるのです。
騒がせ動揺させた
ユダとシラスに託された手紙の文面が、23節から29節に記されています。それを読むと分かるように、手紙はエルサレム教会の「使徒と長老たち」から、「アンティオキアとシリア州とキリキア州に住む、異邦人に」宛てて書かれました。24節では、使徒会議の発端となった、エルサレム教会の一部の人たちがアンティオキア教会にやって来て、異邦人が救われるためには割礼が必要だ、と主張したことについて触れられています。このことが、エルサレム教会の指示に基づくものではなかったこと、またこのことがアンティオキア教会の人たちを「騒がせ動揺させた」ことが記されています。異邦人が救われるためには信仰に加えて割礼を受ける必要があるという主張は、アンティオキア教会のメンバーを動揺させました。少し気持ちが揺らいだ、という程度のことではありません。「動揺させた」と訳された言葉のもともとの意味は「破壊する」です。それほどに大きな、深刻な動揺がアンティオキア教会に生じたことを、エルサレム教会も認識していました。だからこそ25~27節にあるように、エルサレム教会はバルナバとパウロに同行させて、ユダとシラスに手紙を託してアンティオキア教会に派遣することを満場一致で決定したのです。
付帯条件?
この手紙で最も重要な部分は、当然、使徒会議の決定を記した部分です。それが28、29節で、このように言われています。「聖霊と私たちは、次の必要な事柄以外、一切あなたがたに重荷を負わせないことにしました。すなわち、偶像に献げた肉と、血と、絞め殺した動物の肉と、淫らな行いとを避けることです。以上を慎めばよいのです」。ここに使徒会議の決定が記されています。前回の箇所の最後の19、20節でも同様のことが記されていました。一切、異邦人キリスト者に重荷を負わせない。それが使徒会議の決定であり、具体的に言えば、異邦人が救われるためにはイエス・キリストを信じる信仰のみで良いのであって、割礼は必要ない、ということでした。ところがここで私たちは、戸惑いを覚えないわけにはいきません。この決定には、明らかに付帯条件が加えられているように思えるからです。それが、「偶像に献げた肉と、血と、絞め殺した動物の肉と、淫らな行いとを避ける」ことです。キリストを信じる信仰のみによって救われる、と決定したはずではなかったか。そのことにおいて一致したはずではなかったか。それなのにこのような付帯条件が加えられるなら、結局、異邦人が救われるためには、信仰に加えて、これらのことを避ける必要がある、ということになってしまうのではないか。28節では「次の必要な事柄以外、一切あなたがたに重荷を負わせないことに」したと言っているけれど、それは裏返せば、これらのことは重荷として異邦人キリスト者に負わせる、と言っていることになるのではないか。そのような疑問が次々と浮かんでくるのです。そして使徒言行録15章の難題は、まさにこの付帯条件と思える但し書きにあります。この但し書きには多くの困難な問題があり、研究者によって実に様々な主張がなされているのです。
後から加えられたもの?
その中でも最大の困難は、この但し書きについて、パウロ自身が「使徒会議」について記していると考えられる箇所で、まったく触れていないこと、それどころかこの但し書きと矛盾していることを語っていることです。それが、ガラテヤの信徒への手紙2章1~10節です。もっともこの箇所が「使徒会議」について語っているのかについても議論があります。しかし仮に「使徒会議」について語っているのだとすれば、パウロはこの但し書きについてまったく触れていないし、6節では、「おもだった人たちにしても……彼らは私に何も課すことをしませんでした」と語っていて、キリストを信じる信仰のほかに、何かを求められることはなかった、と語っています。つまりパウロ自身が記すところによれば、「使徒会議」の決定に付帯条件はまったくない、ということになるのです。そのため、この但し書きは、使徒言行録の著者ルカが後から加えたものだ、と考えられることもあります。もともと「使徒会議」では、異邦人はキリストを信じる信仰のみによって救われ、割礼は必要ない、と決められたのであって、そこに付帯条件は一切なかった。しかしガラテヤの信徒への手紙が書かれた後、ルカが使徒言行録を書く際に、使徒会議の決定に付帯条件を加えたと考えるのです。それは、必ずしもルカがこの但し書きを創作したということではありません。使徒会議の後に、この但し書きが合意された可能性もあるからです。
救われるための付帯条件ではない
このようにこの但し書きについては議論百出ですが、私自身は、ルカがなぜこの但し書きを記したかにこそ目を向けるべきだと思っています。先ほどから「付帯条件」という言葉を用いてきました。私たちにはこの但し書きがそのように思えるからです。けれどもルカにとって、この但し書きは、救われるための付帯条件では決してありません。11節で、「主イエスの恵みによって救われる」とはっきり語られていました。私たちは主イエスの恵みによって救われるのであって、私たちの側には一切の条件はありません。私たちはキリストの十字架と復活によって差し出されている救いを、ただ感謝をもって受け取るだけなのです。この「信仰のみによる」救いを、ルカが曖昧にしようとしたわけでは決してありません。つまりこの但し書きは救われるための条件ではないし、神の民に加えられ、教会のメンバーとなるための条件でもありません。このことは、その後のキリスト教会の歴史からも明らかです。この但し書きは、キリスト教会の中で短期間の間に忘れられていきました。現に私たちは、血のしたたるレアのステーキを食べることは慎むべきだ、などとはまったく考えていないはずです。短期間の間に忘れられたのは、この但し書きに意味がなかったからではありません。そうではなくその役割を終えたから忘れられたのです。
一つとなって、共に歩むために
ではルカが、異邦人キリスト者に「偶像に献げた肉と、血と、絞め殺した動物の肉と、淫らな行いとを避ける」よう記したのは、何故なのでしょうか。その役割はどこにあったのでしょうか。それは、当時のキリスト教会の二つのグループが一つとなって、共に歩むためであったのではないでしょうか。この但し書きは、そのための勧めであったのです。偶像に献げた肉を避け、血を避け、正しい仕方で屠殺していない動物の肉を避け、異邦人社会にはびこっていた淫らな行いを避けること。それはとりわけユダヤ教の慣習を重んじていたキリスト者たちが大切にしていたことです。確かに救いは、キリストを信じる信仰のみによります。ですからこれらの但し書きを守ったから救われるのでもなければ、守らなかったから滅ぼされるのでもありません。そうではあるけれど、異邦人キリスト者たちが、ユダヤ教の慣習を重んじているキリスト者たちの大切にしていることを蔑ろにしないよう、ルカは勧めているのではないでしょうか。なぜなら相手の大切にしていることを尊重することが、二つのグループが一つとなって、共に歩むために必要だからです。
エルサレム教会からユダとシラスに託した手紙の冒頭に、「使徒と長老たちが兄弟として……異邦人の兄弟たちに挨拶いたします」とありました。「兄弟として」「兄弟たちに」とあり、エルサレム教会のメンバーと、アンティオキア教会のメンバーは、主にあるきょうだいであると言われています。私たちはしばしばこの言葉を決まり文句のように使いますが、しかしこの手紙においては、決して決まり文句ではありません。これまで互いになかなかきょうだいとは思えなかった。「兄弟」と呼びかけられなかった。しかし「使徒会議」で、何を信じているかで一致することによって、「兄弟」と呼びかけることができるようになった。互いに「兄弟」と呼び合い、一つとなって共に歩めるようになったのです。そのことを喜び、大切にしているからこそ、使徒言行録は、異邦人キリスト者に、ユダヤ教の慣習を重んじている人たちが大切にしていることを蔑ろにしないよう勧めたのです。キリスト者は律法や割礼から自由になっています。しかしだからといって、その自由は、何をしても良い自由、ということではないはずです。いえ、その自由を与えるためにキリストが十字架で死んでくださったことを見つめるならば、何をしても良い自由、とはならないはずなのです。主にあるきょうだいが一つとなって共に歩むために、その自由を用いないこともあるはずなのです。
励ましに満ちた言葉
このことをアンティオキア教会の人たちもしっかりと受けとめました。だから31節で、「彼らはそれを読み、励ましに満ちた言葉を知って喜んだ」と言われています。もし但し書きを付帯条件として受けとめたのなら、「励ましに満ちた言葉」とは思えないし、喜ぶこともできなかったはずです。救われるために信仰に加えて割礼が必要だ、信仰プラス・アルファが必要だという主張が、アンティオキア教会の人たちに深刻な動揺を与えていました。そのように動揺していた人たちが手紙を読んで、それを「励ましに満ちた言葉」として受けとめ喜んだのは、救われるためには信仰のみで良いことが明確に記されていたからです。そしてそこに加えられていた但し書きが、ユダヤ教の習慣を重んじる人たちと一つとなって、共に歩むための勧めであることをも受けとめたからです。そのことを丁寧に伝えるために、ユダとシラスはアンティオキア教会の人たちに直接語りかけました。32節に「ユダとシラスは預言者でもあったので、いろいろと話しをしてきょうだいたちを励まし力づけ」たとあります。彼らは使徒会議の決定を伝え、またそこに加えられた勧めの意味も丁寧に説明しました。だからこそ、彼らが届けた手紙と彼らの語った言葉によって、アンティオキア教会の人たちは励まされ、慰められ、力づけられたのです。
私たちの教会を、また私たち一人ひとりを励まし、慰め、力づけるものも、根本的にはまったく変わりません。何の条件もなく、ただ恵みによって、キリストの十字架と復活によって私たちに救いが差し出されました。私たちは、ただ感謝をもってその救いを受け取ります。この「信仰のみによる救い」こそが、日々の歩みの中で様々な動揺に襲われる私たちを励まし、慰め、力づけるのです。この「信仰のみによる救い」によってのみ、私たちは自分の力や頑張りによって救いを得ようとすることから解放され、ほかの人と比べて生きることからも解放されるからです。そのようにキリストの十字架と復活による救いによって励まされ、慰められ、力づけられた私たちは、与えられた自由を好き勝手に用いていくのではありません。時代と場所によって状況が異なるため、使徒会議の決定に加えられた勧めは、今日の私たちに直接的な意味があるわけではありません。しかしそこに込められた思いは受け取る必要があります。私たちは、自分と同じようにキリストの十字架と復活によって救われたほかのきょうだいと、ほかの教会のメンバーと一つとなって、共に歩んでいくために、与えられている自由を用いないこともある、我慢することもあるのです。そのようにして私たちは、キリストの体なる一つの教会を築いていくのです。
