世界は神の畑

説教　「世界は神の畑」　牧師　藤掛順一
旧 約 詩編第３４編１－２３節
新 約 マタイによる福音書第１３章３６－４３節

１３章の後半に入る
　マタイによる福音書第１３章には、主イエスがお語りになったたとえ話が集められています。「天の国は次のようにたとえられる」と語り出されている話が並べられているのです。本日の３６節からは、その後半に入ります。何故ここからが後半だと言えるのかというと、３６節に、「それから、イエスは群衆を後に残して家にお入りになった。すると、弟子たちがそばに寄って来て」とあるからです。それは１３章の冒頭の１、２節の、「その日、イエスは家を出て、湖のほとりに座っておられた。すると、大勢の群衆がそばに集まって来たので、イエスは舟に乗って腰を下ろされた。群衆は皆岸辺に立っていた」というところと対になっています。つまり３５節までは、ガリラヤ湖のほとりで、大勢の群衆を相手に語られた話だったのに対して、この３６節からは、家に入って、それはおそらく主イエスが定宿としておられた、カファルナウムのペトロの家だと思われますが、その家の中で弟子たちに語られた話なのです。だからここからが後半だと言えるのです。しかし内容的には、ここから新しいたとえが語り始められているわけではありません。本日の箇所にあるのは、２４～３０節に語られていた「毒麦のたとえ」の説明です。主イエスのそばに寄って来た弟子たちは、「畑の毒麦のたとえを説明してください」と言ったのです。それに対する主イエスの答えが３７節以下に語られているわけですから、そういう意味では、ここからが後半だとは言いにくいかもしれません。

たとえそのものとその説明が離れている
　１３章をどこで区切るかということはさておき、このように、毒麦のたとえとその説明とは少し離れていて、その間に別の話が挿入されています。その挿入されている部分を先週の礼拝において読んだわけですが、そこには、からし種とパン種のたとえ、そして主イエスがたとえを用いて群衆にお語りになったことが旧約聖書の預言の実現だったことが語られていました。このように、たとえそのものとその説明が少し離れて語られているのは、「種を蒔く人のたとえ」も同じでした。そのたとえそのものは３～９節に語られ、その説明は１８～２３節にあったのです。そしてその間には、何故たとえを用いて語るのかについての教えが挿入されていました。「種を蒔く人のたとえ」のこのような語り方は、マタイ福音書が下敷きにしたと思われるマルコ福音書も同じです。マタイはマルコからこの語り方を受け継いだのです。「毒麦のたとえ」は、マタイ福音書のみが語っているものですが、マタイはそれを語る際に、「種を蒔く人のたとえ」と同じ語り方を用いたのでしょう。このように、毒麦のたとえと種を蒔く人のたとえは、たとえそのものと説明とが離れている、という語り方が同じです。それは単に形を揃えたということではありません。種を蒔く人のたとえにおいても、たとえそのものは群衆に対して語られましたが、その後の１０節に、「弟子たちはイエスに近寄って」とあるように、１８節以下の説明は、弟子たちに対して語られたのです。毒麦のたとえも同じです。たとえそのものは群衆に対して語られましたが、３６節を先ほど見たように、その説明は弟子たちに対してなされたのです。このような語り方によって示されているのは、主イエスが群衆に対してはたとえ話を語られ、弟子たちにはその説明を語られたということです。群衆と弟子たちが区別されているのです。そして、たとえと説明との間に挿入された部分には、その区別のことが語られています。１０節以下には、「なぜあの人たち（つまり群集）にはたとえを用いてお話しになるのですか」という弟子たちの問いに対して主イエスが、「あなたがたには天の国の秘密を悟ることが許されているが、あの人たちには許されていないからである」とお答えになったことが語られていました。天の国の秘密を悟ることが許されていない群衆にはたとえのみが、それを許されている弟子たちにはその説明が語られるのです。そのことは、毒麦のたとえとその説明の間の３４節に、主イエスは群衆に対してはたとえを用いて語り、たとえを用いないでは何も語られなかったと言われていることと繋がります。たとえそのものと説明とが切り離されているのは、このように、群衆に対してはたとえが、弟子たちにはその説明が語られた、ということをはっきりさせるためです。ですから、先週も申しましたが、主イエスのたとえというのは、わかりやすく教えるための話ではなくて、謎かけのようなものです。わからない人には謎はいつまでも謎のままだけれども、主イエスに招かれて主イエスと共に歩み、そのみ言葉を側近くで聞いている弟子たちは、たとえの説明を受け、その謎を悟り、理解することができるようになるのです。本日の３６節以降は、先ほど見たように、主イエスが群衆を後に残して家に入ってから、弟子たちに対してお語りになった言葉です。そしてそのしめくくりである５１節には、「『あなたがたは、これらのことがみな分かったか。』弟子たちは『分かりました』と言った」とあります。弟子たちはこのように、主イエスのみ言葉を聞いて、天の国の秘密を悟り、理解していくのです。そういう意味で、この３６節からが１３章の後半であると言うことがやはりできるのです。

毒麦のたとえの説明
　さて、１３章の構造から、たとえの持つ意味、群衆と弟子たちの区別ということにまで話が及んだわけですが、目を本日の箇所に戻して、毒麦のたとえの説明を見ていきたいと思います。２４節以下の毒麦のたとえそのものを先ず思い起こしてみましょう。ある人が自分の畑に良い麦の種を蒔いた。ところが夜中に敵が毒麦の種を蒔いていったので、両方が一緒に芽を出した。僕たちは、毒麦を抜き集めましょうかと言ったが、主人は「毒麦を抜こうとして良い麦まで一緒に抜いてしまってはいけない、収穫まで両方ともそのままにしておけ、収穫の時に、刈り取る者に、良い麦は倉に収め、毒麦は焼き捨てるように言いつけよう」と言ったという話です。このたとえの説明を求められて主イエスは３７節以下で、このたとえの一つ一つの言葉が何を意味しているのかをお語りになりました。「良い種を蒔く者は人の子」、人の子とは主イエスのことです。「畑は世界、良い種は御国の子ら、毒麦は悪い者の子らである」。御国の子らは４３節では「正しい人々」とも言い換えられています。悪い者の子らは４１節では「つまずきとなるものすべてと不法を行う者ども」と言い換えられています。そして「毒麦を蒔いた敵は悪魔、刈り入れは世の終わりのことで、刈り入れるものは天使たちである」。このように、このたとえ話の一つ一つの言葉の意味が示されています。そしてそれらをまとめて４０節以下に、このたとえ全体の意味が語られています。「だから、毒麦が集められて火で焼かれるように、世の終わりにもそうなるのだ。人の子は天使たちを遣わし、つまずきとなるものすべてと不法を行う者どもを自分の国から集めさせ、燃え盛る炉の中に投げ込ませるのである。彼らは、そこで泣きわめいて歯ぎしりするだろう。そのとき、正しい人々はその父の国で太陽のように輝く」。つまり毒麦のたとえは、この世の終わりの神による裁きのことを語っているのです。神による裁きにおいては、良い麦と毒麦が、御国の子らと悪い者の子らとが、つまり、救われる者と滅びる者とが、神によってはっきりと分けられるのです。今この世界には、良い麦と毒麦が混在しており、両方とも同じように生え育っています。そこにおいて、御国の子らは繁栄し栄えているが、悪い者の子らは没落し衰えていく、ということは必ずしもありません。むしろ悪い者、つまずきとなるものや不法を行う者の方が富み栄えていくような事実も多々あります。けれども、世の終わりの裁きの時には、神がその区別をきちんとつけて下さる、毒麦が、悪い者がそのままお咎め無しではすまされない、御国の子ら、正しい人々には神が豊かに報いて下さり、主イエスの父の国で太陽のように輝かせて下さる、そういう時が必ず来るのだ、ということをこの説明は語っているのです。

たとえと説明のずれ
　しかしだとすると、この説明に語られていることは、先日私たちが毒麦のたとえそのものから聴き取ったみ言葉とは違っています。このたとえは確かに世の終わりの裁きを見つめていて、そこにおいて良い麦と毒麦とが神によってはっきりと分けられることを語っています。しかし、先日私たちがこのたとえから聞いたのは、その世の終わりの裁きまでの間、つまり今のこの世においては、良い麦と毒麦が共に存在を許されているということでした。毒麦を抜いてしまいましょうかという僕たちの意見に対して主人は、つまり神は、良い麦も一緒に抜いてしまってはいけないから、毒麦もそのまま生かしておけと言っておられるのです。一本の良い麦が失われることがないために、多数の毒麦をも共に生かしておこうとする神の慈しみ深いみ心こそが、このたとえそのものが語っているメッセージだったのです。ところがこの説明においては、そのことは全くふれられていません。この説明は、たとえに出て来る一つ一つの言葉の意味を語っていますが、「刈り入れまで、両方とも育つままにしておきなさい」という最も肝心な主人の言葉の意味については何も語っていないのです。つまりこの説明は、このたとえの最も大事な所には触れていない、たとえと説明とがずれているように思われるのです。

畑は世界
　だからこの説明は正しくない、というのではありません。私たちは聖書全体を神のみ言葉と信じて読むのですから、この説明にもみ言葉が語られていることを信じてそれをさぐり求めていくべきです。その時に目に止まるのが、３８節の「畑は世界」という一言です。ここに、この説明が毒麦のたとえをどういう視点で見つめているかが示されています。先ほど見たように、「刈り入れまで、両方とも育つままにしておきなさい」という言葉を中心としてこのたとえを読んでいく時には、この麦畑は何を意味することになるでしょうか。勿論その場合にも、この畑を世界全体と考えることもできないわけではありません。しかしその場合には、この畑から毒麦を抜き集めましょうかと言っている僕たちとは誰のことでしょう。この世界全体から、毒麦、悪い者をことごとく抜き去って、この世界を良い麦、正しい者だけの世界にしようとしている者たち、というのは、ちょっと現実離れしていて考えにくいのではないでしょうか。もっと現実的な読み方は、毒麦のたとえを読んだ時にお話ししたように、この畑を神の民の群れである教会と考えることです。良い麦とは、神が教会に連ならせて下さった信仰者たちです。ところがその教会に、どうも良い麦でない、毒麦のような人がいる。本当に神を、主イエスを信じているとは言えないような人たちがいる。そういう人たちが他の信仰者たちに悪影響を及ぼし、教会に迷惑をかけている。そういう人をなんとかしなければならない、教会は正しく神を信じている者だけの群れでなければならない、良い麦だけの畑でなければならない、それが、毒麦を抜き集めましょうかと言った僕たちの思いです。しかしそれに対して主人は、つまり神は、今毒麦を抜こうとすると、間違って良い麦をも抜いてしまうかもしれないから、刈り入れの時までそのままにしておけ、私の畑に、つまり教会に、毒麦が生えていてもいい、それによって良い麦に迷惑がかかることがあるとしても、世の終わりの裁きの時までそれを忍耐しようと言っておられる、それが、あのたとえそのものから私たちが聴き取ったメッセージでした。つまり、「刈り入れまで、両方とも育つままにしておきなさい」という言葉を中心にしてこのたとえを読むなら、この麦畑は教会を意味していると考えるのが自然なのです。それに対して、本日の箇所の説明は、「畑は世界」という言葉を中心にしてこのたとえを読んでいます。それを中心にして読んだ時に、この話が何を語りかけてくるか、そのことが本日の箇所の説明には語られているのです。この説明において、「毒麦を抜き集めましょうか」と言った僕たちと、それに対する主人の答えには一言も触れられていないのはそのためです。この説明はそれとは別の角度からこのたとえを見つめているのです。

信仰者の希望
　従って私たちはこの説明から、先日このたとえそのものから聴き取ったのとは全く別のメッセージを聞くことになります。そのメッセージとは、私たちの生きているこの世界全体が神の畑である、ということです。その畑に神は良い麦の種を蒔いて下さいました。この世界は基本的に、神によって造られ、私たちはそこに良い麦として蒔かれているのです。しかし現実には、この世界には悪が存在し、罪の力が猛威をふるっています。神の畑であるこの世界に、悪魔によって毒麦の種が蒔かれているために、この世界は、良い麦と毒麦が混在する所となっています。そして、毒麦の方がより力を持ち、良い麦を圧倒してしまうようなこともしばしば起っているのです。それが、私たちが日々この目で見ているこの世の現実です。良い麦と毒麦が共に生え育っているこの畑は、まさにこの世そのものなのです。そしてこの状態は、世の終わりまで続くのです。人類がだんだん進歩していけば、やがては毒麦がなくなり、良い麦だけの畑になる、ということはありません。この世は最後まで、良い麦と毒麦の混在する畑なのです。けれども、世の終わりには、神によって、毒麦は毒麦、良い麦は良い麦という区別がはっきりとつけられるのです。そして良い麦は倉に収められ、毒麦は焼き払われるのです。そういう神による刈り入れの時が、裁きの時が、必ず来るのです。それは、この畑が神のものだからです。良い麦と毒麦が混在しているからといって、この畑は神と悪魔とが共同で所有しているのではありません。あるいはこの畑の所有権をめぐって神と悪魔とが争っているわけでもありません。この世界は、神の畑なのです。この畑を支配しており、刈り入れを、即ち裁きを行うことができるのは、神お一人なのです。悪魔は、ただ夜中にそっと忍んできて、自分の種を蒔いていくことしかできないのです。その悪魔の蒔いた毒麦が生え育っていますが、悪魔がそれを育てているわけではありません。神が、ご自分の畑にその存在を許しておられるから、毒麦も生えていることができるのです。そして神は、最後にはその毒麦をきちんと処理されます。悪魔の業はその痕跡も残さずに焼き払われるのです。そのように、たとえ今、この世界に悪の力が猛威をふるい、神に従おうとする者をも圧倒しているように見えるとしても、この世界という畑は神のものであり、神がそれを支配しておられ、最後にはその悪の力に勝利なさるのだということが、この説明が私たちに語りかけているメッセージです。私たちはそのことをこの説明から聴き取り、良い麦と毒麦が混在するこの世の現実を忍耐しつつ、希望を失わないで生きていくのです。この毒麦のたとえの説明は、この世の終わりにおける神の、主イエスの勝利と支配を語り、そこに信仰者の希望があることを示しているのです。

教会も神の畑
　私たちは自分が、世界という神の畑に蒔かれた良い麦、御国の子ら、正しい人々だと言うことができるでしょうか。自信をもってそう言える人はいないでしょう。洗礼を受けて教会に連なる信仰者となっているからといって、そういう自信や安心を得ることができるわけではありません。教会の中にも毒麦はいるのです。本物でない信仰者がいるのです。そういうことを言うのは、皆さんを不安に陥れるためではないし、あるいは、あの人は偽者の信者かも、などとお互いのことを疑いの目で見るようにするためでもありません。要するに、教会も、この世の一部であり、そこには良い麦と毒麦が混在しているのだ、ということです。しかしそこで見つめるべきもっと大事なことは、この世と同じように教会も、神の畑なのだということです。この畑を支配し、導き、最後に刈り入れをなさるのは主イエス・キリストの父なる神なのです。ですから私たちは、教会を、この世とは別の、良い麦だけの集団のように思ってはならないし、またそのようにしようとしてはならないのです。そのことは、毒麦のたとえそのものから私たちが既に聴き取ったことです。神は、私たちが教会を、何の汚れもない、純粋な、本物の信仰者だけの交わりにしようとすることをお望みになってはおられないのです。それは神だけがすることができることだからです。教会の二千年の歴史には、そういうことを考えた人々が沢山現れました。しかしそのような人々はみな、非常に独りよがりな、小さなグループにしかなりませんでした。多くのグループは間違った信仰に陥り、異端となっていきました。正統的な教会は常に、自らの中に毒麦の存在を許容してきたのです。それは「いいかげん」なのではなくて、神の裁きに信頼し、委ねているということです。それは、教会をも含めたこの世界の全体が、神の畑であり、神が支配し、導いておられるのだということを信じることによってこそできることです。毒麦のたとえの説明は神へのそういう信頼を私たちに与えるのです。

天の国の秘密を知らされている私たち
　教会も、世界という神の畑の一部であるなら、私たちが教会に連なり、礼拝に集うことには意味がないのでしょうか。そうではありません。最初に申しましたように、弟子たちのみが、主イエスのこの説明を聞くことができたのです。弟子たちとは、主イエスを信じ、従っている信仰者です。教会に連なり、礼拝を守っている私たちです。礼拝において神のみ言葉をいただくことによって、私たちは、たとえに隠されている天の国の秘密を知らされるのです。本日示された秘密は、「世界は神の畑である」ということです。教会も世界の一部であって、そこには良い麦も毒麦も混在しています。それは神の憐れみのみ心によることです。そこには罪の力がはびこってしまうようなこともあります。しかし、この教会をも含めた世界は、神の畑です。神がその所有者であり、支配者であり、最終的な裁きを下される方なのです。そのことを、教会に連なる私たちだけが知ることを許されています。教会は、自分たちがこの世界の中で決して特別な、汚れのない群れではないことを知っています。しかし教会は、その世界の全体が、神のものであることをも知っているのです。この世界を支配し、それを終わらせ、裁くのは主イエス・キリストの父なる神であることを知っているのです。私たちは、その教会へと招かれ、導かれています。これからあずかる聖餐はその神の招きのしるしです。洗礼を受け、聖餐にあずかることによって私たちは、神が、独り子主イエス・キリストの十字架の死と復活によって私たちの罪を赦して下さり、私たちを、ご自分の良い麦として、御国の子らとして導いて下さり、終わりの時には、主イエスの父なる神のみ国で太陽のように輝かせて下さることを確信することができます。この恵みによって私たちは、神の畑の良い麦として、希望をもって生きていくことができるのです。