夕礼拝

元気を出しなさい

「元気を出しなさい」 伝道師 乾元美

・ 旧約聖書:詩編 第107編23-32節
・ 新約聖書:使徒言行録 第27章1-26節
・ 讃美歌:206、357

<パウロだけ希望を持っている>
 パウロは、もはや生きる望みが全く無くなろうとしている、そのような絶望感の中にある人々に「元気を出しなさい」と語りかけます。

 船が暴風に巻き込まれ、すでに積み荷も船具も海に投げ捨ててしまいました。もうあらゆる手は尽くしました。しかし、暴風は何日も激しく吹きすさび、納まる気配は全くありません。
 21節に「人々は長い間、食事をとっていなかった」とあります。暴風によって激しく波に揺られ、体力は消耗しています。何より、もう助かる見込みはないと精神的に参ってしまい、死を目前に感じて、生きる気力を失いかけています。
 しかし、パウロは彼らの中に立ち、確信を持って「元気を出しなさい」と、人々を励ますのです。絶体絶命の中にあるのは、パウロも同じです。
 どうしてパウロだけが、「元気を出しなさい」と言うことが出来るのでしょうか。その根拠は、何なのでしょうか。

<船旅の経緯>
 本日の箇所は、パウロが、いよいよ行きたいと望んでいたローマに向かって、船出をした場面です。しかしそれは、裁判未決の囚人としての旅でした。
 エルサレムでユダヤ人から訴えられたパウロは、裁判で罪は認められなかったのですが、ローマ市民権を持つ者として、ローマ皇帝に上訴しました。それで、他の数名の囚人と共に、イタリアに向かって船出することになったのです。
 まだ有罪判決を受けたわけではありませんし、ローマ市民だということもあり、パウロは「囚人」でありながら、寛大な処遇を受けていたようです。3節には、皇帝直属部隊の百人隊長ユリウスが、パウロを親切に扱い、旅先で友人のもてなしを受けることを許してくれた、とあります。

 また、1節に「わたしたちは」という言い方でこの部分が語られていきますので、この使徒言行録の著者であったルカも、この船旅にパウロと共に同行していたと考えられます。
 また2節には「テサロニケ出身のマケドニア人アリスタルコも一緒であった」と書かれています。アリスタルコは、使徒言行録の19:29のエフェソにおける場面で「パウロの同行者」と書かれていますし、20:4にも旅の同行者として名前が出てきます。おそらく、ずっと終わりまでパウロと共に行動した人であったのだと思われます。

 パウロを乗せた船は、このような伝道の仲間と、乗り合わせた囚人たち、そして百人隊長とその部下たちと共に、ローマに向けて航海をしていました。少し先の箇所ですが、37節には「船にいたわたしたちは、全部で267人であった」とあるので、結構大きな船だったことが分かります。

 船がクレタ島の「良い港」というところに着いた時、9節には「かなりの時がたって、既に断食日も過ぎていたので、航海はもう危険であった」とあります。断食日とは9月末~10月上旬ごろだったと考えられますが、この時期になると、海が荒れてきて航海が危険になってくると言われていました。これ以降の11月~1月になると、もうすっかり海は危険になり、航海は出来なくなります。パウロたち一行は、この危険な時期に差し掛かっていたということです。ですから、航海が出来る時期になるまで、冬の間どこかの港に停泊しなければなりませんでした。

 ところが、その停泊する港をどこにするかで、意見が分かれたのです。
 パウロは、今いる「良い港」にこのまま留まって、危険な航海は止めるように忠告しました。しかし、船長や船主は、フェニクス港ということころまで行って、冬を過ごすことを提案しました。この船旅に責任を持つ百人隊長は、船長や船主を信用し、また大多数の意見によって、もう少し先のフェニクス港まで行くことを決めたのです。

 船長や船主はプロなのだから、信用するのは当然だ、と思うかも知れません。しかし、パウロも伝道のため、実際に何度も船旅を経験しています。決して根拠の無いことや、雰囲気でモノを言っているのではありません。コリントの信徒への手紙二の11章には、難船したことが3度もあり、一昼夜海上に漂ったこともあった、と書かれており、パウロは海の百戦錬磨と言っても良いのです。
 また、この「良い港」に来るまででも、向かい風や、風に行く手を阻まれることによって、思い通りの航海は出来ていませんでした。
 しかし、誰もこの一人の囚人の言うことを聞こうとはしませんでした。

 船はフェニクス港に向けて出発しました。はじめは南風で、人々は「望みどおりに事が運ぶと考えて錨を上げ」て、進みました。
 ところが、間もなく「エウラキロン」と呼ばれる暴風が、島の方から吹き降ろしてきました。船はその暴風に巻き込まれ、進むことが出来なくなり、流れるにまかせるしか出来なくなってしまいました。積み荷も船具も海に捨てて、人々は船が壊れたり沈まないようにするのに精一杯でした。しかし、何日も何日も暴風は収まらないので、20節にあるように「ついに助かる望みは全く消えうせようとしていた」のです。
 あらゆる努力をし、あらゆる手段を講じました。でも、人々は嵐の前にまったく無力でした。自分たちが助かるために出来ることは、まったく徹底的に、無くなってしまったのです。

<パウロの励まし>
 その中で、パウロは人々の真ん中に立って言いました。「皆さん、わたしの言ったとおりに、クレタ島から船出していなければ、こんな危険や損失を避けられたにちがいありません。」これは、「わたしの言うことを聞かなかったあんたたちが悪い、こんなことになってどうしてくれるんだ」というような、恨み言や皮肉ではありません。
 パウロは人々に「危険」を忠告し、その通りになりましたが、いまこの時には「救い」を宣言し、それも、必ずその通りになるのだと、人々を励まそうとしているのです。
 「しかし今、あなたがたに勧めます。元気を出しなさい。船は失うが、皆さんのうちだれ一人として命を失う者はないのです。」

 このパウロの言葉の根拠は何なのでしょうか。
 23節以下で、パウロはこのように語ります。
 「わたしが仕え、礼拝している神からの天使が昨夜わたしのそばに立って、こう言われました。『パウロ、恐れるな。あなたは皇帝の前に出頭しなければならない。神は、一緒に航海しているすべての者を、あなたに任せてくださったのだ。』ですから、皆さん、元気を出しなさい。わたしは神を信じています。わたしに告げられたことは、そのとおりになります。わたしたちは、必ずどこかの島に打ち上げられるはずです。」

 人々がまったく望みを失い、生きる気力を失おうとしている中で、パウロは昨夜、神からの語りかけを聞いたのです。
 パウロが「元気を出しなさい」という根拠は、神がこのことを語られた、ということです。
 パウロは望みを失ってはいませんでした。パウロは、この絶体絶命の中でも、神がこの状況をご存知であり、支配しておられる方であり、ご計画を実現される方であるということを信じていました。そして、「わたしが仕え、礼拝している神」とパウロが言っているように、人々が厳しい現実を見つめて項垂れる中で、パウロは神を見上げ、礼拝し、祈っていたのです。その神が、「恐れるな。あなたはローマに行って皇帝の前に立つ。一緒にいる人もあなたと共に助かる」と言われたのです。

 神がパウロにお与えになったご計画は、ローマでキリストを証しする、ということです。
 使徒言行録の19:21で、エルサレムへ向かおうとするパウロは、「わたしはそこへ行った後、ローマも見なくてはならない」と言っています。23:11では主イエスご自身が、捕らわれているパウロに「勇気を出せ。エルサレムでわたしのことを力強く証ししたように、ローマでも証しをしなければならない」と命じられました。25章では、パウロが皇帝に上訴することで囚人としてローマへ行く道が開かれました。そして今、嵐の中で、天使を通して神ご自身が、「あなたは皇帝の前に出頭しなければならない。」と、パウロがローマに行くということをはっきりと示しておられます。

 神の御心、神のご計画は、必ずその通りになります。
 それは、すべての人を救うための愛のご計画であり、神の恵みのご支配が実現していくことです。まず何より、主イエス・キリストにおいて、神はその救いの約束を実現して下さいました。そしてパウロも、この神の御心によって、キリストを信じる者となり、救いに与りました。今や、パウロは神のご計画に用いられる者となりました。そのために、いつも聖霊が導き、キリストに仕える歩みを守って下さいます。パウロのここまでの歩みにおいても、常に、いつもそうでした。生きて働いておられる神と共に、パウロは救いのみ業、キリストの福音を宣べ伝える働きに仕えてきたのであり、「神の御言葉は必ず実現する」ということを、体験し、実感し、その神の恵みの中で生きてきたのです。

 このことを見ますと、キリスト者の人生における、神の導きや、守りや、支えということは、決して「困難に遭わないこと」や、「安泰な生活を過ごせる」ということではないと分かります。パウロはむしろ、キリストを信じていなかった時よりも、はるかに多くの困難や命の危険に遭遇しています。

 13節に、「人々は望みどおりに事が運ぶと考えて」とあるように、わたしたちの思いは、いつも自分の望みどおりに事が運ぶ、ということにあります。自分に都合の良い、願いどおりの人生を歩むということです。しかし、そのように行かないとき、失敗や、挫折や、思わぬ出来事によって、その望みは簡単に失われます。人は嵐の中の船のように、航路を見失い、荒れ狂う波に身をまかせて、絶望して漂うことしか出来なくなってしまいます。

 しかし、パウロは、すべては神の望まれるように事が運ぶことを知っています。
 神のみ言葉がその通りになる、ということを信じ、どんな嵐の中でも、そこに自分の向かう方向を定めます。
 ですから、目の前の嵐や、困難によって、望みが絶たれるということはありません。人の望みは消えますが、神が望まれることは必ずその通りになるからです。今のパウロには、神の約束がはっきり示されています。ローマにキリストの福音をもたらす。救いを全世界に告げる。神がそうお決めになったのです。
 神の思いを自分の思いとするならば、人生の歩みを神に任せていくならば、決して望みは消えうせることはありません。

 そしてそれは、究極的には、たとえこの世で肉体の命が奪われたとしても、なお残る希望です。神が実現させて下さるのは、神の国の完成、神のご支配の実現であり、それこそ、キリストを信じる者の救いの完成に他ならないからです。
 イエス・キリストの十字架の死と、神がこの方を復活させて下さったことによって、終りの日には、キリストに結ばれた人々も復活に与ることが約束されています。
 どのような困難も、また死も、キリストを信じる者から希望を奪うことは出来ないのです。

<神に告げられる>
 しかし、今の時代、わたしたちが人生の荒波の中でもまれている時、困難に打ちひしがれている時、天使が立って、これからどうなるかを直接はっきり告げてくれる、などということはありません。では、わたしたちはどこで、神の語りかけを聞くのでしょうか。御心やご計画を知るのでしょうか。

 それは、この礼拝です。神を礼拝し、み言葉が語られるところ、キリストの福音が告げ知らされるところで、神は毎週、わたしたちに語りかけておられます。パウロは「わたしが仕え、礼拝している神からの天使が」語りかけたと言っていますが、神の御声を聞くところはまさにこの神を礼拝するところにおいてです。

 神の方に見向きもしなかったわたしたちのために、神は御自分の御子を遣わされ、神の方から語りかけ、名前を呼んで下さり、わたしに立ち帰りなさい、わたしの方を向いて、わたしと共に生きる者になりなさいと、招いて下さいました。
 キリストによってわたしに与えられた罪の赦しを、御子を十字架に渡されるほどのわたしたちへの愛を、復活と永遠の命の希望を、すべての人に救いを宣べ伝えよとの命令を、わたしたちは聖書を通して、礼拝を通して、聖霊なる神の導きによって、いつも、語りかけられているのです。
 この神の御言葉を信じて生きるのです。神にのみ、失われない希望があると信じて、神に頼って生きる。示されている、御子が再び来られる日の約束、神の国の完成を、わたしたちの目的として、希望として、しっかり見つめて生きていくのです。

<神に頼る>
 しかし、それは分かっているけれど、実際の苦しみ、悲しみ、困難の中で、わたしたちは迷い、疑い、もうだめだと弱音を吐き、七転八倒し、中々そのようには出来ません。
 パウロと同行している著者のルカだって、キリストを信じる者でしたが、嵐の現実に、この時は「ついに助かる望みは全く消えうせようとしていた」と思ったのです。

 パウロは特別なのでしょうか。皆が絶望して下を向いている中で、凛々しく颯爽と立ちあがり、固く神の御言葉を信じて、何も恐れず、確信を持って他の人々をも励ます。とてもかっこいいです。でもそれは、パウロのように信仰が強い人に出来ることであって、とても自分には出来ない、とわたしたちは思ってしまうのです。

 しかし、パウロも、苦難に不安を感じないで、命の危険に晒されても平気でいるような、鈍感な人だった、という訳では決してないでしょうし、初めから、ひたすら神を信じることが出来たのではなかったと思います。
 パウロだって、打ちのめされて、もうだめだ、耐えられない、どうしようもないと、思ったことだってあるのです。

 コリントの信徒への手紙二1:8以下で、パウロ自身が、そのことを書き綴っています。そこには、このようにあります。
 「兄弟たち、アジア州でわたしたちが被った苦難について、ぜひ知っていてほしい。わたしたちは耐えられないほどひどく圧迫されて、生きる望みさえ失ってしまいました。わたしたちとしては死の宣告を受けた思いでした。」

 パウロも、生きる望みを失ったことがあったのです。耐えられない、もう死ぬしかない、そう思わされる苦難に遭ったのです。しかし、パウロはこう続けます。
 「それで、自分を頼りにすることなく、死者を復活させてくださる神を頼りにするようになりました。神は、これほど大きな死の危険からわたしたちを救ってくださったし、また救ってくださることでしょう。これからも救ってくださるにちがいないと、わたしたちは神に希望をかけています。」

 もうだめだと思った時、パウロは「自分を頼りにするのをやめた」、というのです。
 自分や、他のあらゆる頼りにしていたものが、この苦難の中ではじめて、まったく頼りにならないと分かった、と言ってもいいかも知れません。
 それで、パウロは「死者を復活させてくださる神を頼りにするようになった」と言います。もはや、まことに頼れるのは神しかいない。そのことを悟らざるを得なかったのです。

 それは、この苦難、試練に遭うまでは、全面的に神に頼っていなかったということでしょう。どこかで、自分の力に頼り、知恵に頼り、思い通りに事が運ぶと思っていたのです。もしかすると、自分でははっきり意識していなかったかも知れません。しかし、苦難の中で、試練の中で、何をしてもどうしようもない、完全に八方塞がりになった時に初めて、自分自身には頼るべきものが何もないこと、また、神を頼りきっていなかったことがはっきりと示されました。

 自分を含めたすべてが役に立たないと徹底的に知らされた時、まことに頼るべきところは一つしかないことをパウロは知りました。
 頼るべきは、「死者を復活させてくださる神」です。神の力は、主イエス・キリストにおいてはっきりと示されました。父なる神は、十字架で死んだ主イエスを、死者の中から復活させてくださいました。このキリストに示された希望を持ち、キリストに示された神の救いに、神の力に頼るのです。
 キリストは、あらゆる苦難を、わたしの罪と死を、代わりに負って下さり、復活させられてすべてに勝利し、天も地も支配しておられます。このキリストが、共にいて下さり、苦しみや、不安や、悩みの中で、慰めと、励ましを与え、見つめるべき希望を示し、神の御心に従って歩むことが出来るように、聖霊によって守り導いて下さるのです。主イエス・キリストだけが、神が示して下さったわたしたちの希望であり、永遠の命と復活の保証です。頼るべきは、この神のみです。
 パウロは苦難の中で、そのことを知りました。打ち倒されたけれどキリストによって立ち上がらされ、傷つけられたけれどキリストによって癒され、悲しみがあったけれどキリストによって喜びが与えられ、絶望の中で、死の宣告の中で、キリストによって希望と復活の命を与えられました。他の何でもなくて、ただ神の恵みに、キリストの命に生かされている、そのまことの現実を、味わってきたのです。

 パウロが初めから強い信仰の持ち主だとか、わたしたちと違う立派な人だ、ということではありません。しかしパウロは、主イエス・キリストと出会い、神に生かされ、神の恵みを受けてきたからこそ、今や、確信を持って、皆が絶望する中においても、神の御言葉を固く信じ、「元気を出しなさい」と人々に希望を指し示すことが出来るし、それに基づいて行動することが出来たのです。

 パウロを慰め、希望を与え続けた方は、今も生きて、わたしたちと共におられます。わたしたちも世の苦難の中で、嵐の中で、自分は頼りにならないこと、そして神こそ頼るべき方であり、いつも共にいて、語りかけ、慰め、救って下さる方であることを知っていきます。そうして、神の恵みに生かされて、「わたしは神を信じています。わたしに告げられたことは、そのとおりになります」と、はっきり確信を持って告白する者へと変えられていくのです。

 神の御言葉だけが、嵐の中のわたしたちを導きます。ついに助かる望みが全く消えうせると思われる時でも、暴風吹き荒れる嵐の中でも、「元気をだしなさい」という励ましを、わたしたちも今、確かなこととして、力強く受け取ることが出来ます。
 そして嵐を乗り越えたなら、絶望する人々に今度はわたしたちが、「神のみ言葉はそのとおりになります。元気を出しなさい」と、唯一の希望を指し示していくことが出来るのです。

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