主日礼拝

パウロの逮捕

「パウロの逮捕」 牧師 藤掛 順一

・ 旧約聖書; 民数記、第6章 13節-26節
・ 新約聖書; 使徒言行録、第21章 15節-36節
・ 讃美歌21; 230、236、506、聖餐 75

 
パウロの逮捕
 本日ご一緒に読む使徒言行録21章15節以下には、パウロが第三回伝道旅行の終わりにエルサレムに到着したこと、そしてそこで、神殿の境内での騒ぎに巻き込まれ、ローマ帝国の守備隊によって逮捕されたことが語られています。パウロの逮捕の場面を読むと、彼はここで、ユダヤ人たちのリンチによって殺されそうになったことが分かります。その騒ぎを聞いて駆け付けたローマ帝国の守備隊によって、彼はむしろ身柄を保護されたのです。つまり逮捕されなければ彼はここで死んでいたでしょう。ローマ帝国の囚人となったゆえに、彼は命を守られ、そしてこの後語られていくように、ローマへと護送されていくことによって、彼自身の願いであったローマ行きが実現したのです。

何故エルサレムへ?
 このようなことが起るであろうことをパウロは十分承知していました。彼は死ぬことをも覚悟してエルサレムに上ったのです。何故そこまでしてエルサレムに行ったのか、ということについて、先週の礼拝説教において、彼自身の書いた手紙の中のいくつかの箇所を読みつつお話ししました。そのことは、本日の箇所を読む上でも大切な前提となりますので、ここでもう一度確認しておきたいと思います。結論から言うならば、彼は、自分が伝道して生まれた異邦人の教会と、エルサレムのユダヤ人の教会とのよい関係、交わりを確立するためにエルサレムに上ったのです。

ユダヤ的伝統からの自由
 このことの持つ意味を本当に知るためには、もともとサウロと呼ばれていたパウロが、ユダヤ教ファリサイ派の熱心な信者であり、その信仰のゆえにキリスト教会を迫害していた、そこから回心してキリスト信者となった、そのいきさつから考えていかなければなりません。来週読む22章に、パウロ自身がその回心のいきさつを語った所がありますから、詳しい話は来週に回したいと思いますが、パウロは、イエス・キリストと出会ったことによって、それまで自分がユダヤ人であることに神様に選ばれた民としての誇りを持ち、律法を守り、様々な儀式を行なってユダヤ人として生きることによってこそ、神様の救いにあずかることができる、と信じて歩んできた、その誇りや自負を全て打ち砕かれたのです。そこに新たに示されたのは、律法や儀式にではなく、イエス・キリストにおける神様の救いの恵みに依り頼む信仰でした。主イエス・キリストとの出会いによって彼は、ユダヤ人の伝統から全く自由になることができたのです。その自由の中で彼が、神様によって与えられた使命として自覚していったのは、ユダヤ人以外の異邦人にもこのイエス・キリストの福音、救いの知らせを宣べ伝えていくことでした。ユダヤ人のそれまでの常識では、異邦人はユダヤ教に改宗し、割礼というユダヤ人の印を身に受け、律法を守り、そこに定められている儀式を行うこと、つまり生活の全体においてユダヤ人となることによってのみ主なる神様の救いにあずかることができる、と考えられていたのですが、パウロは、もはやそのような条件は必要ない、異邦人も、割礼を受けたり、律法を守ってユダヤ人としての生活をすることなしに、ただイエス・キリストを信じて洗礼を受けるだけで、新しい神の民である教会に加えられ、救いにあずかることができると主張し、そのように伝道していったのです。

異邦人教会とユダヤ人教会の対立
 しかしこのことは、他のユダヤ人キリスト信者たちにはなかなか理解されませんでした。ユダヤ人の、自分たちこそ神様に選ばれた民、神の民である、という自負は、何百年にもわたって培われてきた、それによって様々な苦難に耐えてきた、まさに筋金入りのものでしたから、主イエスこそ約束されていたメシア、救い主である、ということを信じたキリスト者たちにおいても、その意識は根強くあったのです。つまり多くのユダヤ人キリスト者たちにとって、主イエスはユダヤ人の救い主であって、異邦人はユダヤ人になることによってのみその救いにあずかることができる、と考えられていたのです。これは無理からぬことです。パウロは、既に9章に語られており、来週のところにも語られる劇的な回心を体験しました。まさにユダヤ人としての誇りと自負に燃えて、教会を撲滅することこそ主なる神に仕える道だと固く信じていたのに、それが実は神様のみ心に真っ向から反抗することだった、ということを主イエスとの出会いによって直接示され、その自負と誇りを徹底的に打ち砕かれたのです。そういう大きな体験があったからこそ彼は、ユダヤ的伝統から自由になり、神様の救いがユダヤ人の枠を越えて異邦人にも及ぶことを信じることができたのです。そういう体験なしに、ただ主イエスこそ救い主メシアだと信じたユダヤ人たちが、ユダヤ的伝統から自由になれなかったのはある意味当然です。それゆえに、教会に次第に異邦人が加わるようになってくると、ユダヤ人のキリスト信者と異邦人の信者との間に、意見の食い違い、衝突が起ってきたのです。

使徒会議
 その衝突が最初に起ったのはシリアのアンティオキアにおいてでした。そのことが15章に語られていました。アンティオキアの教会は、異邦人を主たるメンバーとする最初の教会でした。そこにユダヤから、つまりエルサレムからある人々が下って来て、「モーセの慣習に従って割礼を受けなければ、あなたがたは救われない」と言ったのです。つまりキリストを信じて洗礼を受けるだけではだめで、ユダヤ人にならなければ救いにあずかることはできない、ということです。この人々とパウロらとの間に激し論争が生じ、その解決のためにエルサレムで使徒たちの会議が行われました。この会議で得られた結論は、異邦人は教会に加えられる時に割礼を受ける必要はない、つまりユダヤ人にならなくてよい、ということでした。パウロの主張が認められたのです。しかしそこには異邦人も守るべきいくつかの条件が付されていました。それについては後で触れます。そのようにして、エルサレムのユダヤ人の教会とアンティオキアの異邦人の教会の間に一応の合意、一致が生まれたのです。しかし15章のその箇所についての説教においても、また先週も申しましたが、事はそれほど簡単ではなかったのです。この会議以後、エルサレムのユダヤ人教会とパウロらの異邦人教会とは一線を画し、別々に歩むようになったようです。両者の間は疎遠になってしまったのです。

ユダヤ的伝統の本当の意味
 しかしパウロは、「それならそれでよい。もうユダヤ人の教会とは縁を切って独自に歩んでいけばよいのだ」とは決して考えませんでした。全く逆に、異邦人の教会は、ユダヤ人の教会とよい交わりを持ち、一致して歩むことが絶対に必要だと考えていたのです。それは、旧い神の民イスラエルの伝統につながるのでなければ、教会が新しい神の民として歩むことはできない、という強い確信によることです。つまりキリストの教会は、ユダヤ的伝統との連続性を持たなければならないと彼は考えているのです。このことは、彼がキリストとの出会いによってユダヤ人の伝統から自由になったことと矛盾するように思われるかもしれませんが、実はそうではありません。パウロは、ユダヤ的伝統から自由になったことによって、かえってその伝統の本当の意味を知ることができたのです。割礼を受けるとか、律法の掟を守るとか、神殿での祭儀を行うことなどは、その伝統の表面的なことに過ぎません。パウロはこれらのものから自由になりました。それによって、この伝統の一番深いところにある本当の意味が見えてきたのです。それは、神様の救いのみ業の歴史です。イスラエルの民は、神様の救いのみ業のために選ばれ、立てられたのであって、その歴史は、神様の救いの歴史なのです。そしてその救いのみ業が、主イエス・キリストの十字架と復活によって今や新たな局面を迎えています。イスラエルの民、ユダヤ人が担ってきた救いの歴史が、今やキリストを信じる者たちの群れである教会に受け継がれ、それによって、神様の救いのみ業が、ユダヤ人のみでなく全ての民に及んでいく道が開かれたのです。それゆえに教会は、いや教会こそが、ユダヤ的伝統の本当の意味を受け継ぐものでなければなりません。それによってこそ教会は、神様の救いのみ業を担う群れとなることができるのです。

教会の一致のために
 パウロはそれゆえに、異邦人の教会とユダヤ人の教会とがお互いを認め合い、受け入れ合って共に歩むことを願い、ぎくしゃくしてしまっている両者の関係をよいものにしようと熱心に努めました。彼が第二回伝道旅行の終わりにエルサレムを訪ねたのはそのためでした。そのことは18章22節に語られていました。パウロが伝道旅行の終わりにエルサレムに上ったのは、自分の伝道によって生まれた異邦人の教会とエルサレムのユダヤ人教会との間によい交わりを築きたいとの願いからだったのです。この時エルサレム教会のユダヤ人信者たちとの間にどのようなやりとりがあったのかは分かりません。18章22節には、「教会に挨拶をするためにエルサレムへ上り」とだけしか書かれていないのです。それは、この箇所についての説教で申しましたように、この訪問がパウロの望んだ結果を生まなかったことの現れであると思われます。パウロとエルサレム教会との関係は依然ぎくしゃくしたままで、パウロは失意の内にアンティオキアに戻らなければならなかったのです。しかしその後すぐ、彼は第三回伝道旅行に出かけます。この伝道旅行において彼が勢力的にしていったのは、異邦人の諸教会に呼びかけてエルサレム教会のための献金を募ることでした。そのことが、この伝道旅行の間に書かれたいくつかの手紙の文面に現れており、そのいくつかの箇所を先週ご一緒に読みました。第三回伝道旅行の終わりのこの21章でパウロがもう一度エルサレムに上ったのは、この献金を届けるためだったのです。この献金は、異邦人の諸教会が熱心な信仰に生きていることをエルサレム教会の人々に証しするものであり、また異邦人教会の人々が、今困難の中にあるエルサレム教会を覚えて支えようとしているその思いを現し、両者の間に一致とよい交わりを築こうという思いを具体的に現わすものです。パウロはこの献金を集めるのに大変苦労しました。手紙を読むと、パウロは諸教会から金を集めて私腹を肥やそうとしている、などと悪口を言う人もいたことが分かります。そのような誤解や悪口を受けながら、彼は異邦人教会とエルサレム教会の一致のためにこの献金を集め、それを携えてエルサレムに上ったのです。

ヤコブの提案
   本日の箇所の17~20節には、パウロらの一行がエルサレム教会の人々によって喜んで迎えられ、パウロがそこで自分の奉仕を通して神が異邦人の間で行われたことを詳しく説明し、これを聞いた人々が皆神を賛美した、ということが語られています。パウロの努力のかいあって異邦人の教会とエルサレム教会の間によい交わりが確立した…、ように見えます。しかしここでも話はそう簡単ではないのです。というのは、20節の後半以降に、エルサレム教会の中心人物ヤコブがパウロに一つの提案をしたことが語られています。ヤコブはこのように言うのです。「エルサレムを中心とするこの地域に、幾万人ものユダヤ人キリスト信者がおり、皆熱心に律法を守っている。ところがあなたについてのうわさが立っており、あなたが異邦人の間にいるユダヤ人たちに、『子供に割礼を施すな、慣習に従うな』と教えているとのことだ。そのあなたがエルサレムに来たとなると、彼らが騒ぎ出すかもしれない。だから、あなたがユダヤ人として律法を尊重し、それに従って生きていることを身を以て示してもらいたい」。これは一種の脅しです。幾万人ものユダヤ人キリスト者がいて、皆熱心に律法を守っている、というのは現実離れした誇張です。ヤコブはこのような言い方で、パウロに圧力をかけているのです。我々とよい交わりを持とうというなら、ユダヤ人としての慣習を尊重し、律法をしっかり守るという証しを立てよ、さもないとどんな騒ぎが起るかわからないぞ、というのです。ですから実際には、異邦人の教会とユダヤ人の教会の間によい交わりが確立したわけでは決してないのです。25節に、異邦人で信者になった者たちの守るべきことが確認されていることにもそれが現れています。このように言われています。「また、異邦人で信者になった人たちについては、わたしたちは既に手紙を書き送りました。それは、偶像に献げた肉と、血と、絞め殺した動物の肉とを口にしないように、また、みだらな行いを避けるようにという決定です」。これが、15章の使徒会議において、異邦人が守るべきいくつかの条件が付されたと先ほど申しましたその条件です。この中の最後のこと、「みだらな行いを避けるように」というのは、性的に乱れた生活を避けよということで、これはパウロも教えている、キリスト者としての基本的生活姿勢ですから特に問題はありません。しかしその前の三つのこと「偶像に献げた肉と、血と、絞め殺した動物の肉とを口にしないように」、これは当時異邦人がユダヤ人たちの儀式に参加するために守らなければならないとされていた祭儀的規定です。つまりあの使徒会議において決められたことは、異邦人は割礼を受けなくてもよい、つまりユダヤ人にならなくてもよいが、少なくともユダヤ人の儀式に参加できるぐらいまではユダヤ人的になれ、ということだったのです。そのことがここでもう一度確認されています。それを言ったのはヤコブです。このヤコブは主イエスの弟のヤコブで、十二弟子の一人である「ゼベダイの子ヤコブとヨハネ」のヤコブではありません。彼は主イエスの復活の後教会に加わり、エルサレム教会の指導者となったのです。あの使徒会議においてもこのヤコブが、あの条件を提案したのです。エルサレム教会はこのヤコブの指導の下に、異邦人教会に、ユダヤ的伝統を尊重し従うようにとの圧力を、あいかわらずかけてきているのです。しかしパウロにしてみれば、異邦人の信者にこのような条件を課すことはナンセンスです。そもそも、割礼は受けなくてよいが、これらの祭儀的規定を守れというのは全く中途半端な話です。このようなことを言うのは、ユダヤ的伝統の本当の意味がわかっていないからに他なりません。それゆえにパウロは、この規定を全く問題にしていません。彼は異邦人への伝道においてこの規定のことは全く語っていません。彼の手紙のどこからも、このような規定があったことすら伺うことはできないのです。そのようにナンセンスなことを、エルサレム教会は再び異邦人教会に要求したのです。 提案を受け入れるパウロ  パウロはそれに対してどうしたのでしょうか。今の祭儀的規定については彼は黙殺していますが、もう一つの、具体的儀式によって律法を尊重する者である証しを立てるということについては、彼はそれを受け入れています。提案された通りに、誓願を立てた者がその期間を終えて頭をそり、供え物をささげる、その儀式を主催し、費用を負担することを受け入れたのです。これはいわゆるナジル人としての誓願の期間を終える時の儀式で、それについては本日共に読まれた旧約聖書の箇所、民数記第6章13節以下に語られているのですが、パウロはこの律法に忠実に従い、そこに記されている祭儀をきちんと行う者であるという身の証しを立てるために神殿に出向いたのです。しかしまさにその儀式のさ中に、パウロの姿を見かけたユダヤ人たちが、彼が神殿の境内のいわゆる「ユダヤ人の庭」、つまり異邦人は入ってはならないとされている所に異邦人を連れ込んだものと誤解し、大騒ぎが起り、彼はリンチにあって殺されそうになり、駆け付けたローマの守備隊に身柄を保護され、拘束されたのです。パウロにとって、神殿に出向くことはこのように、まさに命がけのことでした。しかし彼はヤコブの提案を受け入れて敢えてそれをしたのです。それは、彼がなんとかして異邦人の教会とエルサレムのユダヤ人の教会とを結びつけ、一致を見いだし、交わりを確立したいと願っているからです。そのためには、自分が殺されることになってもよい、と思っているのです。パウロは異邦人教会とユダヤ人教会の一致のために、自分の命をささげようとしているのです。

まことの自由
 パウロがこのようにヤコブの提案を受け入れて、律法を尊重する者としての身の証しを立てようとしたことは、ヤコブに妥協したのではないか、とも感じられます。自分の信念を曲げて妥協した結果自分自身が殺されそうになり、逮捕されてローマの囚人になってしまった、パウロの逮捕をそのように見ることもできるのです。だとしたらそれは何と惨めなことか、と思います。けれどもそうではないのです。ここには、本当に自由な者であるパウロの姿があるのです。彼は主イエス・キリストとの出会いによって、ユダヤ的伝統から自由になりました。そこから本当に自由になっているがゆえに、彼はその伝統の下に身を置くことができたのです。ユダヤ人のキリスト者たちとのよい関係を築くため、彼らがなお縛られている律法に、自分も縛られることができたのです。彼がコリントの信徒への手紙一の9章19~23節で言っているのはそういうことでしょう。(311頁)「わたしは、だれに対しても自由な者ですが、すべての人の奴隷になりました。できるだけ多くの人を得るためです。ユダヤ人に対しては、ユダヤ人のようになりました。ユダヤ人を得るためです。律法に支配されている人に対しては、わたし自身はそうではないのですが、律法に支配されている人のようになりました。律法に支配されている人を得るためです。また、わたしは神の律法を持っていないわけではなく、キリストの律法に従っているのですが、律法を持たない人に対しては、律法を持たない人のようになりました。律法を持たない人を得るためです。弱い人に対しては、弱い人のようになりました。弱い人を得るためです。すべての人に対してすべてのものになりました。何とかして何人かでも救うためです。福音のためなら、わたしはどんなことでもします。それは、わたしが福音に共にあずかる者となるためです」。これが、主イエス・キリストによって与えられる本当の自由です。本当の自由とは、何とかして何人かでも救うために、自分の自由を捨て、奴隷となることができることです。福音に共にあずかるためには、自分のプライドや誇りを捨てて、どんなことでもすることです。それは、主イエス・キリストご自身のお姿に示されている自由です。主イエスは、神様の独り子、まことの神であられたのに、私たちと同じ人間になられ、私たちのために十字架にかかって死んで下さったのです。まことの神であられる方が、神としての自由を捨てて、奴隷になって下さったのです。私たちへの愛のゆえに、私たちを救うためにです。この主イエスの本当の自由によって、私たちは罪を赦され、救いにあずかることができたのです。クリスマスに備えるこのアドベントの時、私たちが深く思いを致すべきことは、この主イエスのまことの自由です。私たちのために、神としての栄光と自由を捨てて人間となり、十字架の死をも引き受けて下さった、その主イエスのお姿に示されたまことの自由を深くかみしめ、感謝したいのです。主イエスのこのまことの自由によって生かされていくならば、私たちもまた、まことの自由に生きることができるようになります。パウロがそうでした。彼は教会の一致のために、なおも心を開かないエルサレム教会のユダヤ人たちと福音に共にあずかるために、敢えて律法の奴隷となることすらしたのです。そのために自分の命を失うことになっても、それでよいと思ったのです。それは私たちの尺度からしたら惨めなことかもしれません。しかしそこに、主イエス・キリストによって与えられた、彼の本当に自由な姿があるのです。 歴史の流れの中で勝利したのは、パウロが宣べ伝えていた信仰でした。ユダヤ主義的なエルサレム教会とその主張は、紀元70年のローマ軍によるエルサレム陥落を機に、歴史から姿を消していくのです。使徒言行録が書かれた頃には、異邦人教会とエルサレム教会の対立はもう過去のことになっており、教会の歴史を担っているのは、パウロの伝える福音に生きている、ユダヤ的伝統の本当の意味を受け継いだ異邦人の教会なのです。それゆえに使徒言行録は、この対立について余り語らず、15章においても、また本日の箇所においても、エルサレム教会がパウロの主張を受け入れ、一致が成立したような書き方をしているのです。人間の様々な思いを越えて、最終的にはこのように神様のみ心が実現していくのです。そのことを信じて、そのみ心に身を委ねて歩むなら、私たちもパウロと共に、何とかして何人かでも救うために、福音に共にあずかる者となるために、どんなことでもすることができる、本当の自由に生きる者となるのです。

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