夕礼拝

教会の基礎が固まる

2026年3月8日
説教題「教会の基礎が固まる」

詩編 第127編1~5節
使徒言行録 第9章23~31節

主が選んだ器
 前回、サウロの回心と呼ばれる出来事の後半を読みました。ダマスコの教会にアナニアというキリスト者がいて、主イエスはそのアナニアに幻の中で、サウロについてこう告げました。9章15、16節です。「行け。あの者は、異邦人や王たち、またイスラエルの子らにわたしの名を伝えるために、わたしが選んだ器である。わたしの名のためにどんなに苦しまなくてはならないかを、わたしは彼に示そう」。それでアナニアはサウロのもとに向かい、その目を癒し、そして洗礼を授けました。そのときアナニアは、主イエスから告げられた言葉をサウロに伝えたはずです。ダマスコに向かう途中で、復活の主イエスはサウロに、「わたしは、あなたが迫害しているイエスである。起きて町に入れ。そうすれば、あなたのなすべきことが知らされる」と告げていましたが、その「あなたのなすべきこと」が、アナニアを通してサウロに知らされたのです。このようにしてサウロは主イエスが選んだ器として、主イエスの名を、主イエスによる救いを人々に運ぶために生き始めたのです。

主イエスの名のために苦しむ
 主イエスはアナニアに、サウロが「わたしの名のためにどんなに苦しまなくてはならないかを、わたしは彼に示そう」と告げていました。本日の箇所の23~25節は、主イエスのお言葉通り、サウロが苦しみを味わったことを語っています。少し前までキリスト者を迫害し、ダマスコにもキリスト者を捕らえてエルサレムに連行するために来たサウロが、突然、「イエス様こそ神の子、私たちの救い主」と宣べ伝え始めました。ダマスコのユダヤ人が驚き、うろたえた、と直前の箇所で語られていましたが、無理のないことです。驚き、うろたえただけでなく、23節ではサウロを殺そうと企んだと言われています。この企みはサウロの知るところとなりましたが、ユダヤ人は彼を殺そうと、一日中、町の門で見張っていました。当時、ダマスコの町は壁に囲まれていたので、町から出るためには門を通らなければなりませんでした。ですから門を見張っていれば、町を出ようとするサウロを確実に捕まえることができると踏んでいたのでしょう。そのため25節にあるように、「サウロの弟子たちは、夜の間に彼を連れ出し、籠に乗せて町の城壁づたいにつり降ろした」のです。このように少し前までユダヤ人として、ファリサイ派のホープとして、キリスト者を殺そうとしていたサウロが、今や主イエスの名を運んだために、ユダヤ人から殺されそうになり、ダマスコから脱出しなければならなくなりました。真っ暗な夜の闇の中を、籠に乗せられ城壁の上からつり降ろされることに不安や恐れを感じなかったはずがありません。これまで経験したことのない惨めな思いも味わったはずです。主イエスのお言葉通り、サウロはイエスの名のために苦しみを味わうことになったのです。しかしほかならぬ主イエスご自身がサウロに、「どんなに苦しまなくてはならないか」を示そうと言われていました。そうであれば主イエスは、このサウロの苦難をご存知でいてくださり、聖霊によってサウロと共にいて、恐れや不安、惨めさの中にあるサウロを支え、守ってくださったのです。

サウロを助ける者
 実際、サウロは弟子たちによって助け出されました。このことについて、回心して間もないサウロに弟子がいるのはおかしいと言われることがあります。なので「サウロの弟子が連れ出し」ではなく、「弟子たちがサウロを連れ出し」と読み替えるべきだと主張されます。この場合「弟子たち」とは、「サウロの弟子たち」ではなくキリスト者のことです。キリスト者となって間もないサウロに弟子はいなかったけれど、ダマスコ教会に連なるキリスト者が、サウロを助け出したと考えるのです。そうなのかもしれません。しかしいずれにしても大切なことは、サウロを助ける者がいたということです。サウロは主が選んだ器として人々に福音を運ぶために新しく生き始めました。しかしそれは、彼が一人で信仰生活を送り、伝道したということではありません。19節の後半には「サウロは数日の間、ダマスコの弟子たちと一緒にいて」と言われていました。サウロが新しく生き始めて最初にしたことは、ダマスコの教会のキリスト者と一緒に過ごすこと、交わりを持つことであったのです。その交わりは、初めの内は、かなり険悪な雰囲気であったはずです。ほんの数日前まで迫害していた者と迫害されていた者が一緒にいたからです。緊張感とわだかまりがあったに違いありません。サウロに対して赦せないという思いや恐れを抱いていた者もいたでしょう。しかしおそらくアナニアの執り成しによって、サウロとダマスコの教会の人たちの間に交わりが生まれました。その交わりの中から、サウロを助ける者が与えられたのではないでしょうか。

助けられる者となる
 かつてのサウロは自分の力に頼り、誰かに助けてもらうことなど考えてもいなかったはずです。誰かに助けてもらうなんて、弱い人間のすることだと考えていました。自分の力を頼みとして生きるとはそういうことです。しかし復活の主イエスと出会い、回心を与えられ、キリスト者となることで、サウロは自分の力に頼るのではなく、むしろ助けられる者となったのです。サウロ(パウロ)の後の働きを思えば、彼は苦難に直面してもへこたれずにキリストの福音を宣べ伝えた強い人間であったように思えます。しかしその強さは、サウロ自身の強さではありません。サウロを選び、用いてくださる主によって与えられる強さであり、ほかの人の助けによって支えられている強さであったのです。主が選んだ器として用いられるとは、人から助けられる者となった、ということでもあります。主イエスはご自分の選んだ器であるサウロと共にいてくださるだけでなく、そのサウロに助け手をも与えてくださるのです。
 私たち一人ひとりも主が選んだ器であり、主イエスの名を人々に運ぶために用いられています。その私たちも一人で信仰生活を送っているのではありません。私たち一人ひとりを選び、用いてくださる主イエスは、私たちに共に生きる仲間を与え、助け手を与えてくださっています。サウロがそうであったように、キリスト者となるとは、人から助けられる者となるということでもあるのです。それは、神様が備えてくださる助け手に信頼して生きるということです。主が選んだ器として用いられて生きる私たちは、たとえ苦しみに直面するときも、神様の導きに信頼し、また神様が必要な助け手を備えてくださると信頼して生きるのです。

個人の信仰が教会に認められ、受け入れられる
 助けられ、ダマスコから脱出したサウロはエルサレムに向かいました。単に命の危険から逃れるためではありません。26節に、「サウロはエルサレムに着き、弟子の仲間に加わろうとした」とあるように、エルサレム教会のメンバー、特に使徒たちの仲間に加わり、交わりを持つためです。サウロ自身の気持ちとしては、人間的な思いとしては、エルサレムに戻りたいとは思っていなかったはずです。少し前にサウロはエルサレムで、「家から家へと押し入って教会を荒らし、男女を問わず引き出して牢に送ってい」(8:3)ました。そのサウロが、エルサレム教会の人たちから温かく迎え入れられるはずがないのです。サウロはダマスコに留まって伝道することもできました。それでもエルサレムに戻ったのは、先ほどお話ししたように、使徒たちとの交わりに加わるためです。それは、単に使徒たちと親しい交わりを持とうとしたというより、使徒たちに認めてもらおうとした、つまりエルサレム教会に認めてもらおうとした、ということです。そのように言われると、サウロが使徒たちにおもねっているように思えるかもしれません。あるいはパウロ自身が記した手紙である、ガラテヤの信徒への手紙を読むと、そこにはパウロが回心後、エルサレムに上って使徒たちと会おうとはしなかったとありますから、矛盾を感じるかもしれません。しかし両者には矛盾があるというより強調点の違いがあると言ったほうが良いと思います。ガラテヤの信徒への手紙は、パウロがほかの人によらず、主イエスによって使徒とされたことを強調していますが、それに対して使徒言行録は、サウロの信仰が使徒たちによって、つまりエルサレム教会によって確認され、受け入れられることを見つめているのです。このことは私たちがキリスト者となるときのことを考えればよく分かります。私たちが、「自分はイエス様を信じている、だからキリスト者だ」と宣言しても、それだけでは自称キリスト者に過ぎません。私たちの教会では、先週の長老会で洗礼志願者の試問が行われたように、礼拝に出席する中で信仰を与えられ、洗礼の志を与えられた方は何回かに亘って準備会を行い、長老会において試問を受けることになっています。その中で、教会はその方の信仰を確認し、受け入れます。そのプロセスを経て、教会はその方に洗礼を授け、教会のメンバーとしてお迎えするのです。サウロは確かに劇的な回心の出来事を経験しました。復活の主イエスに出会い、その語りかけを聞くことによって回心を与えられ、アナニアを通して自分のなすべきことを示されました。しかし使徒言行録は、その個人的な経験だけでサウロが本当の意味でキリスト者となり、キリスト教会のメンバーとなったのではないことを見つめています。その個人的な回心の経験が、教会において確認され、受け入れられる必要があったことを見つめているのです。先ほどキリスト者は一人で信仰生活を送るのではないと申しました。このことは、自分の信仰が教会によって確認され、受け入れられ、教会のメンバーに加えられることによってこそ実現します。サウロが自分自身の気持ちを脇においてエルサレムに戻ったのは、そのことを大切にしていたからなのです。

バルナバの執り成し
 しかしそれはやはり簡単なことではありませんでした。サウロが弟子の仲間に加わろうとすると、「皆は彼を弟子だとは信じないで恐れた」と26節の後半で言われています。当然のことです。サウロはステファノの殺害に賛成し、エルサレムの教会を散々荒らし、男女を問わず捕らえて牢に送っていました。ダマスコに向かったのもキリスト者を捕まえるためでした。そのような人物が、しばらくしてから戻って来て、エルサレム教会の仲間に加わりたい、使徒たちの仲間に加わりたいと言い出しても、使徒たちは信じられるはずがありません。むしろサウロが教会の中に入り込み、今までより、もっと酷いことをするのではないかと恐れたのです。
 ところがこのとき、サウロと使徒たちの間を取り持った人物がいました。それがバルナバです。使徒言行録はすでにバルナバをちらっと紹介していました。4章36節で、「レビ族の人で、使徒たちからバルナバ—『慰めの子』という意味—と呼ばれていた」と言われています。「慰めの子」バルナバが、サウロと使徒たちの間に立って、執り成しをしたのです。27節でこのように言われています。「しかしバルナバは、サウロを連れて使徒たちのところへ案内し、サウロが旅の途中で主に出会い、主に語りかけられ、ダマスコでイエスの名によって大胆に宣教した次第を説明した」。「サウロを連れて」と訳されていますが、聖書協会共同訳では「サウロを引き受けて」と訳されています。バルナバはサウロを引き受けました。エルサレム教会の人たちから信じてもらえず、恐れられていたサウロを引き受け、サウロが語ることにしっかり耳を傾けたのでしょう。そしてサウロを使徒たちのところへ連れて行き、サウロに起こったことを説明したのです。そのことを通して使徒たちは、つまりエルサレム教会はサウロを受け入れました。しかしそれは、バルナバの説明に説得力があったというだけではないでしょう。バルナバの執り成しが、サウロを信じられず、恐れていた使徒たちに慰めを与えました。またエルサレム教会の仲間に加わることを大切にしてエルサレムに戻ったのに、なかなか受け入れてもらえないことに苛立っていたであろうサウロにも慰めを与えたのです。バルナバは、その名の通り、サウロにも使徒たちにも慰めを与える「慰めの子」でありました。バルナバの執り成しによって、両者の間の不信感や感情的反発が和らぎ、両者の間に和解が与えられました。このようにして使徒たちは、つまりエルサレム教会はサウロの回心を確認し、受け入れたのです。

恐れることなく、大胆に、自由に
 エルサレム教会の仲間に加えられ、使徒たちの仲間に加えられたサウロは、28節にあるように「エルサレムで使徒たちと自由に行き来し、主の名によって恐れずに教えるように」なりました。「恐れずに」と訳された言葉は、27節の「大胆に宣教した」の「大胆に」と同じ言葉で、もともと「自由に」という意味の言葉です。使徒たちとの親しい交わりの中で、サウロはエルサレムにおいても恐れることなく大胆に、自由に主イエス・キリストの福音を宣べ伝え始めたのです。

助け手を与えてくださることに信頼して
 エルサレムにおいてもサウロは一人ではありませんでした。バルナバという助け手が与えられたのです。サウロは主によって選ばれた器として、主イエスによる救いを人々に運ぶために用いられる歩みを始めました。しかしこれまで見てきたようにその歩みの始めから、サウロは一人では生きられませんでした。アナニアに助けられ、ダマスコの教会のキリスト者に助けられ、そしてバルナバに助けられたのです。私たちは、そんなに助けられてばかりで良いのだろうか、と思うかもしれません。しかしそこに、サウロの生き方が180度転換したことがよく表れています。サウロは自分の力に頼って生きるのではなく、神様と、神様が与えてくださる助け手に頼って生きるようになったのです。
 私たちも自分の力に頼って生きるのではなく、神様の導きに頼り、神様が与えてくださる助け手に頼って生きる者とされています。しかし私たちはなかなかそのように生きられず、自分の力に頼ろうとしてしまいます。けれども思い起こしてみれば、これまでの歩みの中で、あの困難に直面したとき、あの苦しみや悲しみの中にあったとき、神様が助け手を与えてくださっていたことに気づかされます。あの人を、この人を備えてくださっていた、「慰めの子」を遣わしてくださっていた、と気づかされるのです。私たちは自分の力に頼って生き、それでいて困ったときには神様に頼り、誰も助けてくれないと文句ばかり言っている罪深い者です。しかしそのような私たちであるにもかかわらず、神様はこれまでも私たちに必要な助け手を与えてきてくださいました。だから私たちは神様の導きにこそ頼り、神様が必要な助け手を与えてくださることに信頼して歩んでいくのです。それは、他力本願に生きることでも、努力しないで生きることでもありません。自分の人生が神様の導きのもとにあることに信頼して生きるときにこそ、まことの平安を与えられて、私たちは本当の意味で努力して生きていくことができるのです。

慰めの子とされている
 同時に私たちは、私たちもまた「慰めの子」とされていることを忘れてはなりません。キリスト者は誰もが、ほかの人のために執り成す者であり、「慰めの子」なのです。バルナバのように、互いに不信感や感情的な反発を抱えている人たちの間に立って、執り成していく者、慰めを語っていく者とされています。それは、必ずしも正論を語るとか、理(ことわり)を説くということではありません。慰めを受けている者として慰めを語るということです。赦されるに値しない自分が恵みによって赦され、神様の慰めを受けている者として、その神様の慰めを語り、執り成していくのです。

エルサレム教会の肢として
 31節にこのようにあります。「こうして、教会はユダヤ、ガリラヤ、サマリアの全地方で平和を保ち、主を畏れ、聖霊の慰めを受け、基礎が固まって発展し、信者の数が増えていった」。これまでにも、誕生したばかりの教会の歩みについて、同じようなまとめの言葉がありました。6章7節では「こうして、神の言葉はますます広まり、弟子の数はエルサレムで非常に増えていき、祭司も大勢この信仰に入った」と言われていました。そこではキリスト者がエルサレムで非常に増えたと言われていましたが、本日の箇所の31節では、キリスト教会は、エルサレムだけでなく、「ユダヤ、ガリラヤ、サマリアの全地方」に広がり、キリスト者も増えていった、と言われています。それはエルサレムの教会、サマリアの教会、あるいはダマスコの教会がバラバラに存在していたということではありません。エルサレム教会との結びつきの中で、その肢としてサマリアの教会もダマスコの教会も存在していたのです。サウロがエルサレムに来たのも、エルサレム教会の肢として教会を立てていくためでもありました。29、30節では、エルサレムでギリシア語を話すユダヤ人がサウロを殺そうとしたために、「兄弟たち」が、つまりエルサレム教会のキリスト者が、「サウロを連れてカイサリアに下り、そこからタルソスへ出発させた」と言われています。「出発させた」と訳されていますが、「派遣した」と訳せる言葉です。単にサウロを逃がしたのではない。エルサレム教会が福音を宣べ伝えるためにサウロをタルソスへと遣わしたのです。使徒言行録は、この後、サウロ(パウロ)の伝道によって誕生する教会も、エルサレム教会との結びつきの中にあり、その肢であることを見つめているのです。

教会の基礎が固まる
 キリスト教会は「基礎が固まって発展し」たと言われていました。「基礎が固まって」と訳された言葉は、「家を建て上げられて、築き上げられて」という表現です。教会が「ユダヤ、ガリラヤ、サマリアの全地方で平和を保ち」建て上げられ、築き上げられていったのです。「平和を保ち」とは、ステファノの殉教をきっかけとして起こった大迫害が収まったことも意味しているでしょう。しかしそれだけでなく、ギリシア語を話す者とヘブライ語を話す者との間のトラブルを超えて、あるいはユダヤ、ガリラヤ、サマリアのそれぞれの教会の違いを超えて、諸教会がエルサレム教会に結ばれ、一致して歩んだことを意味しているのです。そのように諸教会が平和を保って、一致して建て上げられ、築き上げられたのは、諸教会が「主を畏れ、聖霊の慰めを受け」たからです。「主を畏れる」とは、人間の思いよりも神様の思いを優先することです。アナニアは自分の主張を押し通すのではなく、主の言葉に従ってサウロのもとに向かいました。サウロも自分の気持ちを脇においてエルサレムに戻り、エルサレム教会の仲間に加わることを大切にしました。使徒たちも、バルナバの執り成しによって、自分たちの恐れや感情的な反発を超えてサウロを受け入れました。アナニアもサウロも使徒たちも主を畏れ、神様を畏れて歩んでいたからこそ、人間の思いではなく神様の御心に従ったのです。そのように神様を畏れて歩む者たちに、聖霊の慰めが与えられます。「慰め」という言葉は、「励まし」や「勧め」とも訳せます。不安や恐れ、感情的な反発が起こる中で、また様々な違いもある中で、諸教会に連なる者たちは聖霊の慰めと励ましと勧めを受けて、平和を保ち、一致して教会を築き上げていったのです。恐れることなく、自由に、大胆に福音を語り、聖霊の慰めを受けている者として、不安や恐れの中にある者に、対立の中にある者に、慰めと励ましと勧めを語り、執り成していったのです。
 私たちも神様を畏れ、人間の思いではなく神様の御心によるご支配のもとで歩むとき、平和を保ち、一致して教会を建て上げ、築き上げていくことができます。その歩みの中で、メンバーの間でトラブルが起こったり、感情的な対立が起こったり、困難に直面することもあるに違いありません。しかし私たちは聖霊の慰めを受けている「慰めの子」として、困難の中にあるほかのメンバーに慰めを語り、執り成していくのです。私たちは聖霊の慰めと励ましと勧めによって導かれ、支えられ、力づけられて、恐れることなく、自由に、大胆に主イエス・キリストによる救いを宣べ伝え、一致して教会を築き上げていくのです。

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