説 教 「聖霊が教会を導く」 副牧師 川嶋章弘
旧 約 詩編第39編13-14節
新 約 使徒言行録第16章6-10節
ペンテコステ
ペンテコステ(聖霊降臨日)の夕べを迎えました。本日の夕礼拝では、使徒言行録の連続講解から離れ、同じ使徒言行録の16章6節以下のみ言葉に聞いていきます。使徒言行録2章1節以下で語られているように、ペンテコステの日に聖霊が降り、弟子たちは聖霊に満たされ、聖霊の力を受けて、キリストの十字架と復活による救いを、その救いの良い知らせ、福音を宣べ伝え始めました。それを聞いた人たちの中から洗礼を受ける人たちが起こされて教会が誕生しました。聖霊の導きと働きによって教会は誕生したのです。しかし聖霊の導きと働きがあったのは、ペンテコステの日だけ、つまり教会の誕生においてだけではありません。教会を生まれさせたのと同じ聖霊が、今日に至るまで教会を導き、支え、守ってきました。このペンテコステの夕礼拝において私たちは、教会を誕生させた聖霊が、教会を、また私たちを導いていることに目を向けていきたいのです。
パウロの第二次宣教旅行
聖霊によって力を受けた弟子たちは、ユダヤとサマリアの全土で福音を宣べ伝え、それによってキリスト者が起こされ、教会が立てられていきました。さらにこの夕礼拝で数週にわたって読んできた10章、11章では、ペトロが異邦人コルネリウスの家を訪ね、彼らに洗礼を授けたことが語られていました。この出来事において、異邦人への伝道が本格的に始まったのです。そして異邦人伝道の働きを中心的に担ったのがパウロでした。本日の箇所はいわゆる「パウロの第二次宣教旅行」における出来事を語っています。それに先立つ第一次宣教旅行で、パウロはバルナバと共に小アジア(現在のトルコ)の東側の町々で伝道し、教会を立てました。第二次宣教旅行で、まずパウロは、その第一次宣教旅行で伝道した町々に行き、それぞれの教会に連なる者たちを訪ねました。そのことが本日の箇所の直前で語られていて、16章5節でこのように言われています。「こうして、教会は信仰を強められ、日ごとに数を増していった」。パウロの伝道と牧会によって諸教会の信仰は強められ、日ごとに教会の数も、また教会に連なるキリスト者の数も増えていったのです。このようにパウロの第二次宣教旅行は、順調に進んでいるかのように思えました。
聖霊が禁じ、許さなかった
ところが本日の箇所の冒頭6、7節で、このように言われています。「さて、彼らはアジア州で御言葉を語ることを聖霊から禁じられたので、フリギア・ガラテヤ地方を通って行った。ミシア地方の近くまで行き、ビティニア州に入ろうとしたが、イエスの霊がそれを許さなかった」。パウロは第一次宣教旅行において誕生した諸教会を巡り歩いた後、第一次宣教旅行では足を踏み入れなかった小アジアの西側で伝道することを計画していたのだと思います。聖書の後ろに聖書地図があり、その11に「パウロの第一次および第二次宣教旅行」があります。赤い線が「第二次宣教旅行」の行程ですが、デルベ、リストラ、イコニオン、ビシティア州のアンティオキアは、第一次宣教旅行で伝道した町々です。それらを巡り歩いた後、パウロたちはビシティア州のアンティオキアから、おそらく西にまっすぐ向かい、エフェソに行く計画であったと考えられます。アジア州の首都であるエフェソで伝道しようと計画していたのです。ところが彼らはアジア州でみ言葉を語ることができませんでした。つまり伝道することができなかったのです。使徒言行録はその具体的な理由を何も記していません。何らかの妨げによってエフェソに向かう道を通ることができなかったのかもしれません。あるいはパウロは病を抱えていたと考えられますが、その病の症状が悪化して、心身共に弱り、み言葉を語ることができなかったのかもしれません。いずれにしても使徒言行録は、このことを、「御言葉を語ることを聖霊から禁じられた」と受けとめているのです。
エフェソに向かうことができなくなったので、パウロたちは、「フリギア・ガラテヤ地方を通って」、「ミシア地方の近くまで行き、ビティニア州に入ろうと」しました。先ほどお話ししたように聖書地図11の赤い線が、「第二次宣教旅行」の行程ですが、6、7節の正確な行程はよく分かりません。しかし大雑把に捉えれば、西に進むことが出来なくなったので、パウロたちは計画を変更して、北に向かうことにした、北のビティニア州に向かうことにした、ということでしょう。「ビティニア州に入ろうとした」というのは、そこで伝道しようとしたということです。エフェソで伝道することは出来ませんでしたが、当初の計画を変更して、ビティニア州で伝道しようとしたのです。ところが7節の後半でこのように言われています。「ビティニア州に入ろうとしたが、イエスの霊がそれを許さなかった」。「イエスの霊」とは、聖霊のことです。ビティニア州での伝道も、何らかの理由で行うことができませんでした。そしてそのことを、使徒言行録は、「イエスの霊」が、つまり聖霊が許さなかった、と受けとめているのです。
自分の計画が頓挫する
み言葉を語ることができず、伝道ができないことは、パウロたちを途方に暮れさせたに違いありません。み言葉を宣べ伝え、伝道することが伝道者の使命だからです。当初の計画が頓挫したときは、計画を変更して対応しようとしましたが、その新たな計画も頓挫しました。一度ならず二度も伝道の使命を果たすことができなくなり、パウロたちは深い失望と挫折を味わったに違いないのです。この使命はパウロたちだけに与えられているのではありません。私たちの教会の使命も伝道です。しかし私たちもその使命を担えなくなることがあります。数年前のコロナ禍の中では、私たちの教会はこの使命を十分に担えなくなりました。密集を避けるために礼拝に人を招くことができなかったからです。コロナ禍のような特別な災難に直面しなかったとしても、私たちが伝道のための色々な計画を立てても、それが思うように進まないこともあります。私たちも自分たちの伝道の計画が頓挫し、深い失望と挫折を味わうことがあるのです。
人間の計画と神の計画
しかし使徒言行録は、パウロたちの伝道の計画が頓挫したことを、一度ならず二度も頓挫したことを、聖霊の働きによる、と語ります。聖霊の働きによってみ言葉を語ることを禁じられ、伝道することを許されなかった、と語るのです。それは、パウロたちの伝道の計画が、神様のご計画ではなかったということです。そのように言われると、私たちは疑問を感じるかもしれません。神様の御心は、すべての人に、エフェソの人たちにもビティニア州の人たちにも福音を宣べ伝えることではないのか、と思うからです。それはその通りでしょう。しかしいつ、誰が福音を宣べ伝えるのかは、神様が最もふさわしい仕方でお決めくださいます。それはまさに聖霊の導きによるのです。実際、パウロは第二次宣教旅行ではエフェソで伝道することができませんでしたが、第三次宣教旅行では三年にわたってエフェソで伝道しています。またペトロの手紙一の冒頭1章1節には「ポントス、ガラテヤ、カパドキア、アジア、ビティニアの各地に離散し、滞在している選ばれた人たち」とあり、「ビティニア」が出てきます。おそらくこの手紙が書かれた頃までには、パウロではなく別の伝道者によってビティニアにも教会が立てられていたのでしょう。このように神様は、それぞれの場所に、ふさわしい時に、ふさわしい伝道者を遣わしてくださり、そのご計画を進めてくださるのです。私たちの計画は、どうしても自分中心の計画になり、また視野の狭いものとなります。しかし神様のご計画は、そのような人間の計画を遥かに超えたもの、視野の広いものなのです。
だからといって、私たちは伝道の計画を立てなくて良いということではありません。パウロも第二次宣教旅行の計画を綿密に立てていたはずです。まず、第一次宣教旅行で教会を立てた町々を訪れ、教会に連なる人たちを励まし、その後、アジア州の首都エフェソに向かい、そこで伝道しようと計画していたのです。その計画が頓挫しても、それなら北に向かいビティニア州で伝道しようと計画しました。同じように私たちも伝道の計画をしっかり立てていく必要があります。短期的に、あるいは中・長期的に伝道の計画を立てていく必要があるのです。それを疎かにするのは、伝道の使命に誠実に仕えているとは言えません。しかしその上でなお、私たちの計画には限界があることを弁えなくてはなりません。私たちは自分たちの計画を立てつつも、しかし私たちの計画を遥かに超えた神様のご計画に心を開かれていなくてはならないのです。
何かができないことに聖霊の導きを信じる
どのようにしたら私たちの教会は、また私たちは、神様のご計画に心を開いて歩むことができるのでしょうか。それは、何かができないことにも聖霊の導きを信じることによって、ではないでしょうか。使徒言行録はこの箇所で、み言葉を語ることができず、伝道できないことに、聖霊の導きがあったことを見つめています。私たちは自分たちの伝道の計画が頓挫し、失望と挫折を味わうことがあります。せっかく時間と想いを割いて一所懸命準備したのに、うまくいかなくて、がっかりしてしまうことがあるのです。しかしそこで私たちは、なおそのことに聖霊の導きがあると信じます。それは、私たちの計画が頓挫することにも意味があり、神様の御心があるということです。聖霊は私たちの計画を阻むことを通して、私たちを人間の計画を遥かに超えた神様の救いのご計画へと導いてくださるのです。
私たち一人ひとりの人生においても、自分が思い描いていた人生の計画が頓挫して、深い失望と挫折を味わうことがあります。この計画もうまくいかず、次の計画もうまくいかず、自分がどう生きて行ったらよいのか分からず、先行きが見えずに不安と恐れに駆られることもあります。しかしそこで私たちキリスト者は、なおそのことに聖霊の導きがあると信じます。聖霊は、自分の思い描いた通りにならないことを通して、私たちをそれぞれの本当の使命へと導いてくださるのです。このように私たちの教会が、また私たちが、自分たちの計画が頓挫し、あるいは自分たちの思い通りにいかないことに聖霊の導きがある、と信じて歩むことこそ、神様のご計画に心を開いて歩むことなのです。
トロアスで途方に暮れる
もちろん私たちは自分たちの計画がうまくいかない、そのただ中で、神様の御心、ご計画がすぐに分かるわけではないでしょう。パウロもアジア州でも伝道を許されず、ビティニア州でも伝道を許されず、西に進むのも駄目、北に進むのも駄目で、8節にあるように「ミシア地方を通ってトロアスに」行くしかありませんでした。トロアスは、小アジアの西の端で、目の前にはエーゲ海が広がっています。エーゲ海を超えるとマケドニアに、つまりヨーロッパに入ります。パウロはトロアスで目の前に広がるエーゲ海を見て、途方に暮れていたと思います。その時のパウロにとって、トロアスは地の果てのように思えたはずだからです。第二次宣教旅行の計画の中に、エーゲ海を渡ってヨーロッパで伝道する計画はなかったと思います。しっかりと計画を立て、不測の事態にも対応できるよう考えていたはずですが、それでも小アジアの西側での伝道しか頭になかったのです。だからパウロはトロアスで途方に暮れていた。自分たちの計画が頓挫し、また神様のご計画も分からず、どうしてよいか分からなかったのです。
人間の計画が頓挫した先で与えられる確信
しかしまさにそこで、人間の計画の限界を超えた、神様のご計画が示されました。その夜、パウロは、一人のマケドニア人が、「マケドニア州に渡って来て、私たちを助けてください」と懇願する幻を見たのです。10節でこのように言われています。「パウロがこの幻を見たとき、私たちはすぐにマケドニアに向けて出発することにした。マケドニア人に福音を告げ知らせるために、神が私たちを招いておられるのだと確信したからである」。幻を通して、神様が自分たちをマケドニア人に福音を告げ知らせるために招いてくださり、召してくださったと確信したから、パウロはマケドニアに向けて出発しました。パウロが「すぐに」、そのように確信できたのは、それまでアジア州でもビティニア州でも伝道ができず、西にも北にも進めないという経験をしてきたからではないでしょうか。自分たちの計画が二度も頓挫したからこそ、このときパウロは幻を通して、すぐに神様のご計画は、自分たちがマケドニア人に伝道することにこそあった、と確信できたのです。それは、自分たちが伝道できなかったことに神様のご計画があり、御心があったことが分かった、ということでもあります。パウロは自分たちがこれまで伝道できなかったのは、神様が自分たちをマケドニア人に伝道するという使命に召すためであったと確信し、自分たちの計画が頓挫したことにも聖霊の導きがあったと信じたのです。そしてこの聖霊の導きによって、キリストの福音はアジアから、初めてヨーロッパへと渡りました。福音がアジアを超えてヨーロッパへと渡ったこの記念すべき出来事は、人間の計画が頓挫した先で、人間の限界の先に、聖霊の導きによって実現したのです。聖霊は、パウロの計画を妨げることによって、パウロたちをより大きな神様の救いのご計画のために用いてくださったのです。
私たちの教会も、また私たち一人ひとりも自分の計画が頓挫し、先行きが見えず、不安と恐れに駆られて途方に暮れるしかないことがあります。しかしそこでなお、私たちは聖霊の導きを信じます。何かができないことを通して、聖霊が私たちの教会を、私たち一人ひとりを、本当の使命へと召してくださることを信じて歩むのです。誰もが、できれば失敗や挫折はしたくありません。しかしその失敗や挫折にも意味がある。神様の御心があり、聖霊の導きがあるのです。それは私たちの失敗や挫折を神様が願っておられるということではなく、その失敗や挫折をも用いて、私たちをより大きな神様のご計画のために召してくださり、用いてくださるということです。私たちは失敗や挫折にも聖霊の導きがあることを信じ、その失敗や挫折の先で、神様が招いてくださる使命への確信を与えられて歩んでいきたいのです。
アンダーウッドとヘボン
この夕礼拝には韓国のセムナン教会の青年の皆さんをお迎えしています。共にみ言葉と聖餐にあずかれることを嬉しく思っております。セムナン教会も指路教会も、宣教師ないし宣教医の働きによって立てられた教会です。セムナン教会はアンダーウッド宣教師が、指路教会はヘボン宣教医によって立てられました。私は不勉強でして、アンダーウッド宣教師の人生については基本的なことしか存じあげません。しかしそれでも、アンダーウッドもヘボンも、その人生は、一言で言えば、聖霊の導きを信じ続けた人生であった、と言えるのではないでしょうか。二人とも福音を宣べ伝えるために、国を離れ、異国の地にやって来ました。聖霊の導きを信じていたからこそ、言葉も通じない、頼れる人もいない、見知らぬ異国の地に来ることができたのだと思います。しかもその歩みには、失敗や挫折としか思えない出来事も少なくありませんでした。しかし彼らは人間的に見れば失敗や挫折でしかない出来事に、聖霊の導きを信じ、人間の失敗や挫折の先で、人間の限界の先で、より大きな神様のご計画に用いられることを信じ、歩んだに違いないと思うのです。
聖霊が教会を導く
共に旧約聖書詩編39編13~14節を読みました。13節の終わりに、「私はあなたに身を寄せる者 すべての先祖と同じ宿り人」とあります。ヘボンが77歳で日本を去る際、ヘボンの送別会において、この箇所からヘボンはこのように語りました。「『我(われ)は旅人我(わが)親達の如(ごと)く宿れる者なり』と聖書にある、私は唯(ただ)旅人、宿り人(やどりびと)の生涯、あなた方も皆旅人でございます 此世(このよ)の中に永く住むことは出来ませぬ、慥(たしか)に終りが参ります、神に依る旅人……神は我が父、父に依る旅人……誠に面白い言葉でござります、神に依らぬ旅人は患難のみ禍害(かがい)のみである、私も患難に度々逢(あ)いました、災難にもしばしば遇(あ)いましたと雖(いえ)ども我父に依り……父と共に在るからモウ幸(しあわせ)に成りました、災難も我喜(わがよろこび)となりました」。ヘボンは、度々患難や災難に直面しても、父なる神様が共にいてくださるから幸せであった、災難も喜びとなった、と言います。聖霊の導きを信じて生きる歩みとは、このような歩みにほかなりません。ヘボンやアンダーウッドがそうであったように、私たちも、この世の中にあって旅人として生きる中で、様々な困難に直面します。しかしその困難の中で、なお聖霊の導きを信じて生きる私たちに、父なる神様が共にいてくださる本当の幸せが、「困難も私の喜びとなりました」と言える本当の幸せが与えられていくのです。私たちは困難の先で、失敗や挫折の先で、人間の計画を超えた神様の救いのご計画に用いられていきます。私たちは、聖霊が私たちの教会と私たちの人生を導いてくださることに信頼して、神様が招いてくださる使命にお仕えして歩んでいくのです。
祈祷
天の主イエス・キリストの父なる神。
ペンテコステの日の夕べ、私たちをみ前に集めてくださり、み言葉の恵みにあずからせてくださり感謝いたします。
パウロが第二次宣教旅行において、聖霊によって二度もみ言葉を語り、伝道することを妨げられ、自分の計画が頓挫し、途方に暮れているところで、しかし神様の御心を示され、人間の計画を超えた神様のご計画のために召されているとの確信を与えられ、そのことによって、福音が初めて、アジアからヨーロッパへと渡ったことを読みました。
私たちの教会も、私たち一人ひとりも、自分の計画が頓挫し、自分の思い描いた通りにいかないことがあります。しかし私たちが、失敗や挫折にも、聖霊の導きがあり、神様の御心があることを信じて歩めますように。その歩みの先で、失敗や挫折の先で、私たちの計画の限界を超えた、神様の救いの計画に召されているとの確信を与えられ、神様の伝道のみ業に仕えていくことができますよう導いてください。
私たちの信仰の大先輩である、アンダーウッドもヘボンも、様々な困難に直面する中にあっても、なおそこに聖霊の導きを信じて歩みました。同じように困難に直面するときも、聖霊の導きを信じ歩む私たちに、神様が共にいてくださる本当の幸せを、「困難も私の喜びとなりました」と言える本当の幸せを与えていってください。
とりわけ本日共に、礼拝を守っているセムナン教会に連なる青年の皆さんの歩みを、聖霊によって力強く導き、支え、守ってください。
主イエス・キリストの御名によって祈ります。
