隠された宝

説 教 「隠された宝」牧師　藤掛順一
旧 約 箴言第８章１－３６節
新 約 マタイによる福音書第１３章４４－５２節

畑に隠されている宝
　たまにニュースで、家の庭から昔の小判が入った壷が出てきた、なんていう話が流れます。うらやましいなあ、自分にもそんなことが起こらないかなあと思ったりしますが、今の日本の法律では、自分の土地に埋まっていたからといってすぐに自分のものになるわけではないようで、落し物と同じように、「所有者は名乗り出てください」と公告をしなければならないようです。また、ほかの人の土地で何かの宝を見つけたら、見つけた人にも半分ぐらいの権利が生じるようです。しかし昔のイスラエルにおいては、土地に埋まっている宝はその土地の所有者のものになったようです。だからもし他の人の土地に埋まっている宝を見つけたら、そっと埋めておいて、その土地を自分のものにするのです。そうすれば宝は全て自分のものになるのです。
　主イエスはこのことを、天の国とはどのようなもので、それを得るためには何が必要か、を語るたとえにおいてお用いになりました。ある人が畑を耕していたら、思わぬ宝を見つけたのです。その畑そのものの値段の何倍、何十倍もの価値のある貴重な宝です。しかしそこは自分の畑ではありません。その人は小作人か、あるいは土地を借りて耕していたのでしょう。その人は見つけた宝を誰にも気づかれないようにそっと埋め戻しておいて、そして全財産をはたいて、畑の所有者に、この畑を売ってくれるように交渉したのです。「とてもよい畑で気に入ったからぜひ自分のものにしたい」など理由をつけてです。そのようにしてその人は、この畑を、そしてそこに隠されている宝を自分のものにしたのです。「天の国は次のようにたとえられる」と言ってこの話を語られた主イエスは、私たちに何を伝えようとしておられるのでしょうか。

天の国は隠されている
　それはまず第一に、天の国は「隠された宝」だということです。それは隠されているので、ここに天の国がある、ということが誰にでも分かっているわけではありません。この１３章を読んでくる中で再三申してきましたが、天の国とは、神のご支配という意味です。神が支配しておられる所が天の国です。実は今私たちが生きているこの世界が既に神のご支配の下にあるのだ、ということを私たちは先週、３８節の「世界は神の畑である」というみ言葉から聞きました。この世界が、そして私たちの人生が、既に、神が支配しておられる神の畑なのです。しかしこの世界という畑には、神に敵対する力、悪の力が猛威をふるっていて、良い麦と毒麦が共存しています。そしてしばしば悪の力、毒麦の方が勢いを持ち、良い麦を圧倒してしまうようなことも起ります。つまり、神のご支配、天の国は隠されていて、誰の目にもはっきりと見えているわけではないのです。しかし、その隠された神のご支配が顕わになる日が来る。それが世の終わりの裁きの日です。その時には、神がこの畑の全てを刈り取り、良い麦と毒麦とをはっきりと分けられる、その時に、この畑が神のものであったことがはっきりするのです。天の国、神のご支配は、その時までは隠されているのです。

隠された宝を見つけた人
　天の国は隠された宝だ、ということがこのたとえが語っている第一のことだとしたら、第二のことは、その隠された宝を見つけた人がいる、ということです。隠されていて、誰も気づいていない宝を、何かのきっかけで掘り当てた人がいるのです。それは誰あろう、私たちのことです。神を信じ、あるいは信じようとしている私たちです。信仰者とは、天の国という隠された宝を見出した人です。その宝は隠されていますから、多くの人々にはそれが見えていません。人々の目に見えていないものを見つめて生きるのが信仰です。誰もが見ているものを見ているのでは信仰にはなりません。信仰は、隠された宝を見出したところに生まれるのです。
　信仰者とは、隠された宝を見出した者です。しかしそれは、長年その宝を探し回って努力の甲斐あってついに発見した、というのではありません。この人だって、別に宝を探して畑を耕していたのではないでしょう。畑仕事をしていたら、たまたま偶然、宝を見つけてしまったのです。私たちが天の国という宝を見つけるのもそれと同じです。私たちは人生を生きていく中で、たまたま何かのきっかけで教会を知り、礼拝に集うようになり、そして神を信じる者になるのです。私たちが熱心に信仰を求めていたとか、どう生きるかを真剣に悩み模索していたわけではない場合の方が多いでしょう。私たちはささいな、自分が意図したのではない何かのきっかけで、この隠された宝を見出すのです。世間の人はそれを偶然と呼びますが、私たちはそこに神さまの招きと導きを覚えるのです。

持ち物をすっかり売り払って
　そのように私たち信仰者は、神さまの招きと導きによって天の国、神のご支配という隠された宝を見出した者です。しかし見出したからといって、直ちにそれが私たちのものになるわけではありません。そこに、このたとえの第三の、そして最も大事なポイントがあります。畑に隠された宝を見つけた人は、持ち物をすっかり売り払ってその畑を買うのです。そうしなければ、宝を見つけても、それは自分のものにはなりません。せっかく見つけた宝を本当に自分のものにするためには、全財産を売り払ってそれを買うことが必要なのです。
　この「持ち物をすっかり売り払って宝を手に入れる」ということが、４５、４６節の「真珠商人のたとえ」とも共通していて、それがこれらのたとえの中心であることがわかります。「真珠商人のたとえ」を見てみましょう。良い真珠を捜している商人の話です。その人が、「高価な真珠を一つ見つける」のです。それは、畑の宝とは違って、隠されてはおらず、売られているのです。誰もがそれを見て、すばらしい真珠だなあ、でもとても高くて買えないなあと思っているのです。しかしこの商人は、「持ち物をすっかり売り払い、それを買う」のです。その持ち物の中には、彼がそれまでに努力して買い集めた数々の真珠があったでしょう。彼はそれまでの人生の成果の全てを手放して、本当に価値ある一粒の真珠を手に入れるのです。
　つまりこの二つのたとえが語っているメッセージは、隠された宝である天の国を見出した人は、全てのものを手放してもそれを手に入れなさい、ということです。天の国、神のご支配に本当にあずかり、その救いの恵みを受けるためには、「持ち物をすっかり売り払ってそれを買う」ことが必要なのです。それは、天の国を得るためには財産を捨てなければならない、という話ではありません。畑を買うのは、それ以上の財産である宝を手に入れるためです。高価な真珠もその人の財産となるのです。これらのたとえが教えているのは、天の国という隠された宝を、本当に真剣に求めていくこと、それを得るために全力を尽すことです。そのためには犠牲にしなければならないものもあります。我慢しなければならないこともあります。天の国は、ついでに、片手間に手に入るようなものではないのです。畑に隠された宝を見つけた人が、その宝のことばかりを考え、その畑を何とかして手に入れようと必死になるように、天の国を見出した私たちも、それを得るために熱心に、真剣に取組んでいくのです。ショーウインドーに飾られている真珠をただ眺めているだけでなく、それを買うために手放すべきものを手放すのです。それが、洗礼を受けて信仰者になるということなのです。

主イエスの弟子になる
それは言い換えれば、主イエスの弟子になる、ということです。この宝を与えて下さるのは主イエスです。主イエスに従っていくことによって、この宝を得ることができるのです。先週申しましたが、１３章は３６節で場面が変わり、そこからは家に入った主イエスが弟子たちを相手に語られたみ言葉です。つまり畑の宝のたとえと真珠商人のたとえは、弟子たちのみに語られたのです。あなたがた弟子たちは、即ち信仰者は、隠されている宝を見つけ、それを得るために一切をなげうって私に従って来た人々だ、人々が眺めているだけで買おうとしない高価な真珠を、あなたがたは手に入れようと全力を尽している、そういう弟子たちの、信仰者の姿を主イエスはこれらのたとえによって描いて下さっているのです。そこで大切なのは、畑の宝のたとえの中の「喜びながら帰り」という言葉です。この人は、隠された宝を見つけたことを喜んでいるのです。その喜びのゆえに、持ち物をすっかり売り払うのです。持ち物をすっかり売り払うというのは、悲壮な決意をして生きることではありません。必死に我慢してそうするのでもありません。それは喜びなのです。手放したものとは比べものにならないくらい素晴らしいものを手に入れることができる、という喜びにつき動かされているのです。隠された宝を手に入れようとすること、つまり信仰とは、このような喜びに生きることです。「自分は神のためにこんなに我慢している、こんなに犠牲を払っている」などと思いつつ生きることは信仰ではありません。私たちは、隠された宝を見出した喜びのゆえに、主イエスに従い、主イエスと共に歩んでいくのです。
　この宝が、そのようにして得る価値がある、本当にかけがえのない宝であることは、それを与えて下さる主イエス・キリストを見つめることによって分かります。主イエス・キリストが私たちに示し、与えて下さる宝とは、神が私たちを愛して下さっている、という事実です。しかもそれは半端な愛ではない、ご自分の独り子を与えて下さるほどの愛です。主イエス・キリストは、私たちのために、私たちの罪を全て背負って十字架にかかって死んで下さいました。要するにご自分の命をなげうって、つまり全てを捨てて、一切をなげうって私たちのために尽して下さったのです。天の国、神のご支配とは、このような恵みによるご支配です。この宝を見出した私たちは、その神の恵みのご支配の下で生きるために、主イエスの弟子となるのです。信仰者となるのです。そのためには売り払わなければならないもの、捨てなければならないものもあります。しかしそこにこそ、私たちの人生の全ての歩みが、そして死すらも、神の恵みのご支配の下に置かれるという喜びがあるのです。「ハイデルベルク信仰問答」の問一に語られている、生きている時だけでなく、死ぬ時にも失われることのないただ一つの慰めがそこに得られるのです。

魚の網のたとえ
　４７節以下には、魚の網のたとえが語られています。地引網のような網でしょう。いろいろな魚がそれこそ一網打尽にされる、そして岸に引き上げられてから、良いものと悪いもの、つまり売り物になる魚とそうでない魚が分けられるのです。それは、４９節に語られているように、この世の終わりの神の裁きのことを語っています。それと同じことを私たちは先週、「毒麦のたとえの説明」において読みました。世の終わりの刈り入れの時には、良い麦と毒麦とがはっきりと分けられ、良い麦は倉に収められ、毒麦は火で焼き滅ぼされるのです。そういう神の裁きが必ず行われることを、この魚の網のたとえも語っています。そういうことが繰り返し語られているのは、弟子たちや私たちを恐れさせて、神の裁きにびくびくしながら生きる者とするためではありません。先週のメッセージの中心は、「この世界は神の畑である」ということでした。終わりの日の刈り入れ、裁きは、そのことを示しているのです。つまり、今この世界には、毒麦も生え茂っており、ともすれば毒麦の方が勢いがあったりする、神よりも悪魔の方が力をもってこの世を支配しているように見える、しかし、本当にこの世界を支配しておられるのは神なのだ、この畑の唯一の所有者は神であり、神が刈り入れを行い、良い麦と毒麦をお分けになるのだ、そこにおいては、毒麦は焼き滅ぼされ、悪魔の力は跡形もなく消し去られるのだ、だから、良い麦と毒麦が混在しているこの世の現実を忍耐して、今は隠されている神のご支配を信じて歩みなさい、ということです。魚の網のたとえもそれと同じことを語っています。この世界は、私たちは既に、神さまの大きな網の中に捕えられているのです。この網の中にはいろいろな魚がいるので、これはいったい誰の網なのだろうか、と思うこともあります。しかしこの網は、悪魔の網ではありません。神の網、神のご支配の中に私たちはいるのです。その神のご支配は、先ほど申しましたように、独り子イエス・キリストの十字架の死による恵みのご支配です。それゆえにこの網に捕えられているということは、神の恵みのみ手の内に捕えられている、ということです。私たちはそのことを喜んで、神に信頼して生きるのです。世の終わりの裁きを見つめつつ生きるとは、神の隠されたご支配を信じて、今のこの世を忍耐と希望をもって生きることなのです。

これらのことが分かった弟子たち
　主イエスは弟子たちを相手にこれらのたとえを語り、そして５１節で、「あなたがたはこれらのことがみな分かったか」と言われました。すると弟子たちは「分かりました」と答えたのです。ここに、この１３章全体を通してマタイ福音書が語ろうとしている大事な教えがあります。先週申しましたように、この１３章は、前半と後半に分けられます。前半は、主イエスがガリラヤ湖のほとりで、大勢の群衆たちを相手に語られたたとえ話です。しかしそのたとえ話は、分かりやすくするための話ではなく、むしろ謎かけのようなもので、分かる人にしか分からない、分からない人にはいつまでたっても分からない、というものでした。その「分かる人」と「分からない人」との区別は、主イエスに従っている弟子であるか、そうでない群衆であるか、ということでした。群衆たちは、主イエスのたとえ話を聞くけれども、結局分からない、そこに語られている天の国の秘密を悟ることができないのです。しかし３６節以下の後半では、主イエスは家の中で、弟子たちのみを相手にお語りになりました。そして弟子たちは、主イエスの語られるたとえ話を、そこに語られている天の国の秘密を、つまり隠されている宝を、理解するのです。分かるようになるのです。そのことを５１節の「分かりました」という言葉が示しているのです。
　弟子たちは何故この天の国の秘密を、隠されている宝を、理解することができたのでしょうか。それは彼らが群衆たちよりも頭が良かったからでも、群衆たちよりも善良な、正しい人たちだったからでもありません。彼らが天の国の秘密を悟ることができたのは、弟子だったからです。主イエスに招かれ、従い、主イエスと共に歩んでいたからです。１２章の終わりのところには、主イエスの母と兄弟たちが「外に立っていた」ことが語られていました。主イエスは彼らについて、「わたしの母とはだれか。わたしの兄弟とはだれか」と言われ、弟子たちを指して「見なさい。ここにわたしの母、わたしの兄弟がいる」と言われました。外に立っている者ではなく、主イエスのもとに集い、従っていき、側近くでみ言葉を聞いている者たちこそ、主イエスのまことの家族なのです。その弟子たちこそが、たとえ話に語られている天の

国の秘密を悟ることができるのです。
　言い換えれば弟子たちは、畑に隠された宝を見出して、それを手に入れるために持ち物をすっかり売り払ったのです。高価な真珠を見つけて、ショーウィンドウの中にあるそれをため息をついて眺めているだけではなくて、持ち物を売り払ってそれを買ったのです。彼らはこの隠された宝を手に入れようと本当に真剣になったのです。それは彼らが熱心だったからではなく、主イエスが、神が、彼らを招いて下さったからです。特別に立派な人でもなければ、信仰熱心などというわけでもない、全く普通の人であった彼らを、神が選んで、一人ひとりの名を呼んで、「わたしに従ってきなさい」と声をかけて下さったのです。その神の招きによって彼らは、隠された宝を手に入れるために立ち上がりました。そのようにして彼らは弟子となったのです。ここに集っている私たち一人一人も、それと同じ神の選びと招きを受けています。神が私たちを多くの人々の中から選び、教会へと、礼拝へと導いて下さったのです。そして隠された宝を見出させて下さったのです。だから私たちも立ち上がって、真剣にこの宝を手に入れようとする、それが、洗礼を受けて教会に加えられ、信仰者となるということです。そのことによって私たちも主イエスの弟子となり、天の国の秘密を悟る者となるのです。

天の国のことを学んだ学者
　主イエスは５２節で、「だから、天の国のことを学んだ学者は皆、自分の倉から新しいものと古いものを取り出す一家の主人に似ている」と言われました。天の国の秘密を悟り、その隠された宝を手に入れようと立ち上がった弟子たちのことを、つまり信仰者のことを、主イエスは、「天の国のことを学んだ学者」とおっしゃるのです。私たち信仰者は、天の国の学者なのです。学者は、「自分の倉から新しいものと古いものを取り出す」ことができます。学者は自分の倉に多くの知識を蓄えているので、その知識を縦横に駆使して、様々な疑問に答えることができるし、混乱した事態を整理することができるのです。信仰者は誰でも、天の国について、そういう学者になることができるのです。そんなことはとんでもない、と思いますけれども、本当にそうなのです。天の国とは、神のご支配です。この世界は、神が支配しておられる神の畑である、あるいは神の網の中にある、しかもそのご支配は、独り子主イエス・キリストをも与えて下さるという恵みのご支配なのだ、ということをはっきりと信じ、知っている信仰者は、この世に、またそれぞれの人生に起こってくる様々な疑問や混乱の中で、悪の力が猛威をふるっている現実の中で、その混乱の中に隠されている神の秩序を見つめることができるのです。そしてこの世の目に見える現実に惑わされることなく、神のご支配に信頼して、喜びと希望を失うことなく、神のみ心に従って生きることができるのです。それが、天の国のことを学んだ学者の姿です。この学者になるためには、大学を出る必要はありません。難しい勉強をする必要もありません。隠された宝を手に入れるために本当に真剣になること、そのために立ち上がること、そして主イエスの弟子になること、それによって私たちは天の国のことを学んだ学者になることができるのです。
　そしてもう一つ、学者というのは、その知識を人に教える人です。私たちが天の国の学者になるというのは、天の国の秘密を人に伝え、教える者になることです。畑に隠されている宝ならば、誰にもわからないようにそっと隠しておいて、それを自分一人のものにしようとします。しかし天の国の秘密、神の恵みのご支配というこの宝は、独り占めできるようなものではありません。神はこの宝を、誰にでも分け与えようとしておられるのです。だから私たちも、「ここに、こんなにすばらしい宝が隠されています。あなたもそれを手に入れることができるんですよ」と、喜びをもって語っていきたいのです。この宝は、人と分かち合えば合うほど豊かになっていく、そういうものなのです。