主日礼拝

一人一人に手を置いて

「一人一人に手を置いて」  牧師 藤掛順一

・ 旧約聖書: イザヤ書第35章1-10節
・ 新約聖書: ルカによる福音書第4章38-44節
・ 讃美歌:22、208、532

シモンの家
 ルカによる福音書の第4章は、主イエスが、お育ちになったガリラヤ地方で伝道を始められたこと、その活動の様子を語っています。前回読んだ31節以下には、カファルナウムの会堂におけるある安息日の礼拝の中で、悪霊に取りつかれた人を癒されたことが語られていました。本日の38節以下はそれに続いて同じ日に起った出来事です。安息日の会堂での礼拝を終えて、主イエスはシモンの家にお入りになったのです。シモンとは、次の5章において主イエスの最初の弟子となるシモン・ペトロのことです。全く初めて名前が出るシモンの家に主イエスが入ったというのは唐突な感じがしますが、シモン・ペトロはこの福音書を読む人々にとってはお馴染みの、使徒たちの筆頭です。ですからルカも何の紹介もなく「シモン」と書いたのでしょう。そしてここから推察できるのは、カファルナウムの会堂で主イエスが話をするのはこの日が初めてではなくて、既に何度かそういうことがあり、それでシモンと主イエスとは既に顔馴染みになっていたのだろうということです。シモンは主イエスの教えを熱心に聞いている人の一人だったのです。それでこの日も、会堂での礼拝が終わった後、自分の家に主イエスを招いたのです。それは、家族と共にさらに教えを聞くためですし、39節の終わりにあるように、主イエスをもてなすため、つまり食事を共にするためです。しかしこの日は安息日です。ユダヤ人は安息日には一切の仕事を休みます。ですから安息日には煮炊きをせず、その日の分の食事は前の日に作っておくのです。シモンの家族も、明日主イエスを迎えてもてなしをするために、前の日に準備をしたのでしょう。ところが当日になって、シモンのしゅうとめが高い熱を出してしまったのです。しゅうとめですから、シモンの妻の母です。シモンは妻の母親と同居していたのです。その人は既に夫を亡くしていたのかもしれません。とにかく39節に、熱を癒された彼女が一同をもてなしたとあるわけですから、彼女はシモンの妻と共に、この家の主婦として客のもてなしを担っていたわけです。その人が高い熱に苦しんでいる、その家に、主イエスは入られたのです。「一同」とありますから、主イエスは一人ではなく、既に主イエスに従って行動を共にしている人々がいたように思われます。前回も申しましたが、このあたりのルカの記述は必ずしも時間的前後関係に従ってはいないようです。ルカはむしろ語ろうとしている内容を際立たせるために事柄を並べ替えています。本日の箇所の、しゅうとめの癒しの話が、5章の、シモンが最初の弟子となった話の前に置かれているという順序にもルカの意図があると思うのです。そのことについては次回にお話ししたいと思います。

主イエスを迎えて生きる
 さて主イエスは会堂での安息日の礼拝の後、シモンの家にお入りになったのです。そのことを私たちの生活にあてはめて考えれば、日曜日の教会での礼拝を終えて、家に帰ってからのことがここに語られているということです。私たちは、教会での礼拝を終えて家に帰り、それぞれ自分の生活を始めます。その私たちの生活の中に、主イエスが来られるのです。別に無理やりおしかけて来るわけではありません。シモンは自分の家に主イエスを招き、お迎えしたのです。礼拝を終えた私たちが、信仰者として週日の生活をしていくというのはそういうことです。礼拝が終わったとたんに神様のことも主イエスのことも忘れてしまい、次の週の日曜日になると思い出すという場合には、私たちの信仰は日曜日だけのものとなっています。週日は信仰者として生きていないわけです。そういう生活に陥ってしまうこともありますけれども、しかし多くの場合私たちは、週日の生活においても、神様のこと、主イエスのことを意識しながら、主イエスを信じる者として歩もうとしています。礼拝において出会い、み言葉をいただいた主イエスを、その後も自分の家にお迎えして、主イエスと共に歩もうとしているのです。それが信仰生活ということです。この時のシモンがまさにそうだったように、お迎えした主イエスに十分におもてなしができないことがあります。あるいは、お迎えしたはずの主イエスを忘れ、ほったらかしにして自分のことばかりにかまけてしまうことも多々あります。しかし信仰を持って生きるというのは、どんなに不十分であっても、主イエスを自分の日々の日常の生活の中にお迎えして、共に歩もうとすることなのです。

具体的な日常の中で
 先ほど、38、39節から推察することができる、シモンの家のこの日の様子を少し踏み込んで語りましたが、それは、主イエスをお迎えする私たちの家、あるいは私たちの個人的な生活には、このシモンの場合と同じように様々な具体的な事情がある、ということに目を向けるためです。私たちは、いつもお客様を迎える準備が整った、掃除が行き届いた、人様にお見せして恥ずかしくない状態で主イエスをお迎えすることができるわけではありません。例えばこのように家族が病気で苦しんでいるということがあります。そういう時には、家をちゃんと片付けて掃除をして、などというわけにはいきません。そのように私たちは、様々な苦しみや悲しみや心配事を背負っている中に主イエスをお迎えするのです。信仰を持って生きるとはそういうことです。問題も心配事も全てなくなり、完璧に準備を整えることができたら主イエスをお迎えしよう、と考えていたら、いつまでたってもお迎えすることはできない、つまりいつまでたっても信仰など得ることはできないのです。大事なことは、礼拝において出会い、み言葉を聞いた主イエスを、自分の、様々な問題をかかえた、苦しみや悲しみや不安のある具体的な日常の中にお迎えすることです。そして、「人々は彼女のことをイエスに頼んだ」とあるように、その苦しみや悲しみや問題を、主イエスに包み隠さず申し上げ、「助けてください」とお願いするのです。そこに、主イエスによる救いが与えられるのです。

病気と悪霊
 「イエスが枕もとに立って熱を叱りつけられると、熱は去り、彼女はすぐに起き上がって一同をもてなした」とあります。熱を叱りつけるというのはおかしな言い方だと思います。しかしこれは35節の「イエスが、『黙れ。この人から出て行け』とお叱りになると、悪霊はその男を人々の中に投げ倒し、何の傷も負わせずに出て行った」という所と重なるのです。「叱る」という言葉がどちらにも使われています。悪霊を叱りつけて追い出した主イエスが、熱をも叱りつけて追い出したのです。このような表現によって、一つには、熱つまり病気と悪霊とが同じようなものとして見つめられていることが分かります。この後の40節にも、いろいろな病気で苦しんでいる人を主イエスが癒されたことが語られており、次の41節には悪霊が追い出されたことが語られています。病気の癒しと悪霊の追放とがセットになっているのです。どちらも、人間を支配し、苦しめ、神様の恵みから引き離そうとする力です。主イエスはそれらの力を叱りつけて追い出し、私たちを解放して下さるのです。

礼拝と信仰生活
 しかし、「叱りつける」という言葉が35節と39節とに共通して用いられていることが示しているもう一つのことがあると思います。35節は、先ほどから申していますように、安息日の会堂での礼拝の中での主イエスのみ業を語っています。それに対して39節は、その礼拝が終わった後、シモンの家におけるみ業です。シモンが、しゅうとめの病気という苦しみ、心配事をかかえた自分の家に主イエスをお迎えして、そのことを主イエスに申し上げ、救いを願った、そこで主イエスがこの癒しのみ業を行なって下さったのです。そこにおいて主イエスは、あの礼拝の中で悪霊を叱りつけて追い出したのと同じことをして下さったのです。礼拝の中で行われたのと同じ救いのみ業が、シモンの家で、彼の個人的な生活の中で行われたのです。礼拝の中で語られたのと同じ主イエスのみ言葉が、シモンの生活の中で語られたのです。シモンは、礼拝において聞き、目撃した主イエスの救いのみ業を、自分の具体的な生活の中で体験したのです。35節と39節に同じ言葉が用いられることによって、礼拝と日常の生活との結びつきが示されています。私たちは礼拝において、神様のみ言葉を聞き、主イエス・キリストによる救いの恵みを示されます。シモンがこの日の礼拝で、悪霊に取りつかれた人が癒されるのを見たように、私たちも、共に礼拝を守っている他の人々と共に、み言葉による救いを体験するのです。その体験を与えられて、私たちはそれぞれの日常の生活へと帰って行きます。そこには様々な問題、苦しみや悲しみや不安があります。その中で私たちは、礼拝においてある意味で一般的に体験したみ言葉による救いを具体的に体験していくのです。礼拝において聞いた主イエスの福音が、自分の個人的具体的な歩みの中で体験されていくのです。主イエスを自分の家に、つまり日々の生活の中にお迎えして、主イエスと共に、そのみ言葉を聞きつつ歩んでいくことによって、私たちはそのような体験を与えられ、それによって支えられ、力づけられ、癒され、導かれていくのです。それが私たちの信仰生活です。主の日の礼拝と週日の信仰生活とはそのようにつながっているのです。主の日の礼拝は、私たちの週日の具体的生活と切り離された別の世界の事柄ではないのです。礼拝において主イエスの力ある救いのみ言葉を聞く体験をしているからこそ、日々の生活の中で、同じ力ある救いのみ言葉を、自分自身の具体的事情、悩みや悲しみや苦しみの中で聞くことができるのです。

力ある救いのみ言葉
 このことによって私たちは、信仰生活とは何か、また礼拝と日々の信仰生活の関係はどのようなものかについての間違った理解を正されます。信仰生活とは、何かの掟や規則を守って生きることではありません。もしそうなら、それは礼拝などなくてもその掟や規則を学べばできることなのです。信仰生活とは、私たちを支配し、苦しめ、神様の恵みから引き離そうとする諸々の力を、主イエスが叱りつけ、それを追い出して私たちを解放して下さる、その力ある救いのみ言葉を聞き、その救いを体験しつつ生きることです。そのみ言葉を聞く場が礼拝です。礼拝において私たちが聞くみ言葉とは、「こうしなさい、このように歩みなさい」という掟や命令、つまり倫理や道徳の教えではありません。礼拝において私たちは、主イエスが「黙れ、この人から出て行け」と叱りつけ、悪霊を追い出して人間を解放して下さる、その事実を示され、その力あるみ言葉を聞くのです。そして日々の信仰生活において、そのみ言葉の力をそれぞれの具体的現実の中で体験していくのです。時々、「礼拝で聞いたみ言葉を生活の中で実行しなければ」とおっしゃる方がおられますが、それは違うのです。み言葉は私たちが「実行する」べき道徳の教えではありません。私たちを解放して下さる神様の恵みを告げる言葉です。私たちは礼拝においてそのみ言葉を聞き、日々の具体的な生活の中でそれを自分の事柄として体験していくのです。そのことが起るためには、礼拝において出会い、み言葉を聞いている主イエスを、自分の家に、様々な問題をかかえた自分の具体的な生活の中にお迎えして、主イエスと共に歩んでいかなければなりません。自分の弱さや罪や恥を全て主イエスの前にさらけ出して、救いを求めていくのです。その時にこそ、礼拝において聞いている力ある救いのみ言葉が、私たち一人一人の具体的な現実の中にも響き渡っていくのです。

一人一人に手を置いて
 40節には、「日が暮れると、いろいろな病気で苦しむ者を抱えている人が皆、病人たちをイエスのもとに連れて来た」とあります。ユダヤ人における一日は日没から始まります。ですから「日が暮れると」というのは、次の日になると、ということであり、安息日が終わると、ということです。仕事をしてはならない安息日が終わったのを見計らって、人々が、病気で苦しんでいる自分の家族や友人を主イエスのところに連れて来たのです。「イエスはその一人一人に手を置いていやされた」とあります。「手を置く」というのは、神様の祝福を祈る時の仕草です。聖霊が降り、働いて下さることを祈ることでもあります。主イエスは病気で苦しむ人々に手を置き、祝福し、聖霊の働きを祈って下さったのです。しかしシモンのしゅうとめの高熱の癒しは、「熱を叱りつける」という仕方でなされたわけで、「手を置く」ことはなされていません。「手を置いて」ということに意味があるのは、「一人一人に」との結びつきにおいてです。手を置くことは、みんなまとめてはできません。一人一人と向き合うことによってしかできないのです。「いろいろな病気で苦しむ者を抱えている人が皆、病人たちをイエスのもとに連れて来た」とありますから、大勢の病人が連れて来られたのです。主イエスはそれらの人々を一度に、「あなた方に取り付いている病気よ、みんな出ていけ」と言って癒したのではなくて、一人一人に手を置いて癒されたのです。それは、主イエスが一人一人と出会い、それぞれの抱えている問題を聞き、つまり一人一人との人格的な出会いの中で癒しを行なわれたことを示しています。そのことは先ほどの、私たちの個人的具体的な事情の中で主イエスの救いのみ業が体験されていくということともつながります。主イエスの救いは、十把一絡げに、機械的に与えられるものではありません。その人その人がかかえている、様々な個別の、個人的な問題、悩みや苦しみに即した仕方で与えられるのです。しかしそれは、主イエスによる救いが人によって違うものだということではありません。主イエスが与えて下さる救いは、私たちを神様の恵みから引き離そうとする力を叱りつけて追い出し、私たちを解放し、自由を与えて下さるという点では一つです。その救いを実現するために、主イエスは、十字架にかかって死んで下さいました。私たちを奴隷にしている力の中心にあるのは罪です。罪の奴隷とされているがゆえに、私たちは自分では良いことをしようと努力しているつもりでも、結局は神様に背き逆らい、隣人をも傷付けてしまうのです。主イエスはその私たちの罪を全て背負って十字架にかかって死んで下さいました。主イエスの十字架の死によって、私たちを支配し、神様の恵みから引き離そうとする力の中心が滅ぼされ、私たちの解放が実現したのです。悪霊を追い出し、病を癒すというみ業は、この十字架の死による罪からの解放の現れです。主イエスが十字架の死による罪からの解放という救いを、それぞれの人の個人的具体的現実の中で、一人一人に手を置いて与えて下さる時に、その救いはこのような様々な現れ方をするのです。同じことが私たち一人一人においても起ります。私たちが抱えている問題、悩みや苦しみや悲しみ、心配事は、この主イエスの当時の人々とは違います。また私たちの間でも、人それぞれに皆違っているでしょう。主イエスはその私たち一人一人と出会い、一人一人に手を置いて、私たちを解放し、新しく生かそうとしておられるのです。私たちは礼拝において、主イエスの十字架の死と復活によって実現した救いの恵みを告げるみ言葉を聞きます。そして、主イエスをお迎えして歩む日々の生活の中で、その救いの恵みを、それぞれの具体的事情の中で体験していくのです。

福音を告げ知らせる
 42節以下には、翌朝のことが語られています。主イエスは人里離れた所へ出て行かれたのです。「群衆はイエスを捜し回ってそのそばまで来ると、自分たちから離れて行かないようにと、しきりに引き止めた」とあります。一人一人に手を置いてなさった癒しのみ業は一晩中かかり、なお多くの人々が癒しを求めていたのです。しかし主イエスは、なお癒しを求める人々がいるのに、彼らを離れて行かれます。あの人は癒してこの人は癒さないのでは不公平ではないか、などと私たちは思うところですが、主イエスがこの世に来られたことの目的は癒しをすることではないのです。その目的とは何か。それが43節の主イエスのお言葉に示されています。「ほかの町にも神の国の福音を告げ知らせなければならない。わたしはそのために遣わされたのだ」。「神の国の福音を告げ知らせ」ることこそ、父なる神様が主イエスをお遣わしになった目的です。福音、それは18、19節に語られていたように、「捕らわれている人に解放を、目の見えない人に視力の回復を告げ、圧迫されている人を自由にし、主の恵みの年を告げる」言葉です。本日共に読まれた旧約聖書の箇所、イザヤ書第35章に語られていることの実現を告げる喜ばしい知らせです。その実現のために、主イエスは十字架の死へと向かうご生涯を歩んでいかれるのです。主イエスを引き止めたカファルナウムの人々の思いは、この神の国の福音ではなく、ただ自分たちの望む癒しのみ業のみに向けられています。それは言ってみれば、礼拝において主イエスの十字架の福音を聞くことなしに、ただ自分の悩みや苦しみの解決のみを求めているようなものです。礼拝と日々の生活とを切り離して、日々の生活における救いだけを求めていると言ってもよいでしょう。それでは、主イエスによる救いに本当にあずかることはできません。求めるべきは、十字架の死と復活に至る主イエスのご生涯によって実現した福音が、私たちのそれぞれの具体的な生活の中で実現すること、主イエスがこの私に手を置いて下さることによって与えられる具体的な解放なのです。つまり、自分が求める救いの手段として主イエスを利用するのではなく、主イエスが自分に与えて下さる具体的な救いを求めていくことが大切なのです。この信仰に生きる時に私たちは、主イエスが「ほかの町にも神の国の福音を告げ知らせなければならない」とおっしゃっていることを理解することができるようになります。主イエスは福音による解放を、私の知らない他の人々、他の町の、他の国の人々にも与えようとしておられるのだということを知り、その主のみ業に仕えていくことができるようになるのです。今年は、プロテスタント日本伝道150年の記念の年です。ヘボンを初めとする宣教師たちが、万里の波涛を越えてキリシタン禁制時代の日本にまで来たのは、主イエスのこの、「ほかの町にも神の国の福音を告げ知らせなければならない」というみ心を理解し、そのみ業のために身を献げたからです。そのことを覚え、彼らの働きに感謝すると共に、主イエスが私たち一人一人に手を置いて、私たちを支配している様々な力から解放し、自由を与えて下さる時に、その自由によって私たちも、それぞれの置かれた場で、それぞれの具体的な現実の中で、主イエスこそ神の子、救い主であると告げ知らせ、証ししていくことができるのだということを覚えたいのです。主イエスが追い出した悪霊は、主イエスこそ神の子であることを知っており、そのようにわめき立てましたが、主イエスは悪霊にものを言うことをお許しになりませんでした。それは、主イエスの福音は、主イエスによって解放され、自由を与えられた私たちこそが語り、宣べ伝えていくべきものだからです。この礼拝から遣わされていくそれぞれの週日の日々において、主イエスをお迎えして、主イエスと共にそれぞれの具体的な日常を歩み、主イエスが私たち一人一人に手を置いて祝福し、聖霊を注ぎ、神の国の福音によって生かし、その福音を証しする者として下さる、そのみ業を体験していきたいのです。

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