2026年9月20日
説教題「主が心を開かれたので」
エゼキエル書 第36章26~27節
使徒言行録 第16章6~15節
第二回伝道旅行
15章36節から、使徒言行録はいわゆる「パウロの第二回伝道旅行」について語っています。前回お話ししたように、この第二回伝道旅行において、パウロたちはエーゲ海を渡り、ギリシアに足を踏み入れます。当時、エーゲ海はアジアとヨーロッパの境目でしたから、パウロたちがエーゲ海を渡ることによって、福音は初めてヨーロッパへと伝わりました。ヨーロッパは「キリスト教世界」と呼ばれますが、最初からそうであったのではありません。本日の箇所は、その第一歩となる歴史的な出来事を語っているのです。
別れと出会いを通して与えられたビジョン
そうではあるのですが、しかし第二回伝道旅行は、最初から順調とは程遠いものでした。前回見たように、伝道旅行へ出発する前に、パウロとバルナバが衝突し、結局、二人は別行動をすることになりました。パウロは、バルナバというかけがえのない恩師、同志との別れの深い失意の中で伝道旅行へ出発したのです。しかし神はそのパウロに、テモテとの出会いを与えてくださいました。最愛の弟子となり、大切な同労者となるテモテとの出会いは、深い失意の中にあったパウロに慰めと励ましを与えました。バルナバとの別れの悲しみと痛みが消えることはなくても、深い失意の中でうずくまるのではなく、再び立ち上がり、前を向いて歩み始めることができたのです。
使徒言行録には何も記されていませんが、おそらくパウロは、この時点で第二回伝道旅行の当初の目的を変更し、その計画を大幅に修正したのではないかと思います。前回見たように、当初の目的は、第一回伝道旅行で誕生した小アジア東部の教会を訪ね、教会に連なる方々を励ますことでした。しかし本日の箇所は、パウロが第一回伝道旅行で訪れた地域を越えて、小アジア西部に入っていくことを語っています。ですからその前に、第二回伝道旅行の目的と計画の変更があったのだと思います。そしてそれは、神がテモテとの出会いを通してパウロに、これまで訪れたことのない小アジア西部で伝道しようという前向きで、積極的なビジョンを与えてくださったからだと思うのです。
聖霊から禁じられた
そのようにしてパウロは失意の中から立ち上がり、伝道の計画を大幅に修正し、小アジア西部に進んで行きました。ところがその計画は、たちまち頓挫し挫折してしまいます。本日の箇所の6~8節はそのことを語っています。まず6、7節でこのように言われています。「さて、彼らはアジア州で御言葉を語ることを聖霊から禁じられたので、フリギア・ガラテヤ地方を通って行った。ミシア地方の近くまで行き、ビティニア州に入ろうとしたが、イエスの霊がそれを許さなかった」。聖書の後ろに聖書地図があり、その11「パウロの第一次および第二次宣教旅行」を見ると、第二回伝道旅行の行程が赤色の線で記されていて、デルベ、リストラ、イコニオン、ピシディア州のアンティオキアまでは、緑色の線と重なっています。ということはこれらの町は第一回伝道旅行で訪れた町です。しかしその後、赤色の線は緑色の線と重なることなく、ピシディア州のアンティオキアから北西へと向かっています。おそらくパウロの当初の計画は、北西ではなく西にまっすぐ向かい、エフェソに行く計画であったのだと思います。アジア州の首都であるエフェソで伝道しようと計画したのです。ところがパウロたちはアジア州でみ言葉を語ることができず、伝道することができませんでした。その具体的な理由は何も記されていません。エフェソへ向かう道を進むことができない事態に直面したのかもしれません。あるいはそのような外的な理由ではなく、パウロの抱えていた病の症状が悪化したというような内的な理由であったのかもしれません。いずれにしても使徒言行録は、このことを、「御言葉を語ることを聖霊から禁じられた」と語っているのです。
イエスの霊が許さなかった
エフェソに向かうことができなくなったので、パウロたちは「フリギア・ガラテヤ地方を通って」「ミシア地方の近くまで行き、ビティニア州に入ろうとし」ました。先ほどの聖書地図11で、赤色の線がピシディア州のアンティオキアから北西に向かっていて、これが6、7節の記述を反映していますが、しかしその正確な行程はよく分かっていません。ただ大雑把に捉えれば、西に進むことができなくなったので、計画を変更して、北のビティニア州に向かうことにした、そこで伝道しようとした、ということでしょう。ところが7節でこのように言われています。「ビティニア州に入ろうとしたが、イエスの霊がそれを許さなかった」。「イエスの霊」とは聖霊のことです。ビティニア州での伝道も、何らかの理由で行うことができませんでした。そしてそのことを、使徒言行録は「イエスの霊」、聖霊が許さなかったと語っているのです。
人間の計画を阻む神
このようにテモテとの出会いによって慰めと励ましを与えられ、小アジア西部での伝道を計画したパウロでしたが、アジア州でみ言葉を語ることができず、そこで計画を変更したものの、ピシディア州でもみ言葉を語ることができませんでした。パウロの計画はあっという間に頓挫し挫折してしまったのです。使徒言行録はこのことを、聖霊によってみ言葉を語ることを禁じられた、イエスの霊が許さなかったと語ります。それは、神が人間の計画を阻まれた、ということにほかなりません。パウロたちは悪事を企んだのではありません。伝道しようと、主イエス・キリストの救いを宣べ伝えようとしました。自分たちのための計画ではなく、神のご栄光を表すための計画でした。それなのにその計画が、一度ならず二度も、神によって阻まれたのです。もっともパウロたちは、何らかの理由でアジア州とビティニア州でみ言葉を語り、伝道することができなかったとき、すぐにそれが聖霊の働きによるものであり、神が自分たちの計画を阻まれた、と気づけたわけではないでしょう。むしろみ言葉を語れず、伝道できないことに、「神様、どうしてですか」と嘆き、落胆し、途方に暮れるしかなかったのです。
私たちの教会も同じようなことに直面することがあります。神のご栄光を表したいと願い、一生懸命に伝道の計画を立てたのに、その計画が思うように進まないことがあります。途中で頓挫し、挫折してしまうこともあります。そのとき私たちも、「神様、どうしてですか」と嘆き、落胆し、途方に暮れるしかないのです。
人間の計画を超える神のご計画のために
8節にあるように、ビティニア州に入ることのできなかったパウロたちは、「ミシア地方を通ってトロアスに下」りました。聖書地図11を見ると分かりますが、トロアスは小アジアの西の端であり、目の前にはエーゲ海が広がっています。エーゲ海を渡れば、そこはギリシア、ヨーロッパです。パウロはエーゲ海を見ながら、エーゲ海を渡って、伝道することを考えていたのでしょうか。そうではなかったはずです。彼は小アジアの西部で伝道することは計画しました。しかしエーゲ海を渡って伝道しなくてはならないとは考えていなかった、伝道したいとは思っていなかった。そこにパウロといえども限界があったのです。もちろん小アジア西部での伝道を計画しただけでも凄いことです。しかしそれがパウロの考える計画の精一杯でした。むしろパウロはエーゲ海を見ながら、これからどうしたら良いか分からず、途方に暮れていたのです。
ところがそのように途方に暮れる中で、パウロは幻を見ます。9節にこのようにあります。「その夜、パウロは幻を見た。一人のマケドニア人が立って、『マケドニア州に渡って来て、私たちを助けてください』とパウロに懇願するのであった」。そして続く10節で、このように言われています。「パウロがこの幻を見たとき、私たちはすぐにマケドニアに向けて出発することにした。マケドニア人に福音を告げ知らせるために、神が私たちを招いておられるのだと確信したからである」。パウロは幻を見て、一人のマケドニア人を通して、神の語りかけを聞き、確信を与えられました。エーゲ海を渡ってマケドニアに行き、マケドニア人に福音を告げ知らせるために、神が自分たちを招いておられると確信したのです。と同時に、アジア州やビティニア州でみ言葉を語ることができなかったのは、聖霊の働きによるものであったことにも気づかされました。そして神が自分たちの計画を阻まれたのは、自分たちの計画を超えた、自分たちでは思いもよらない、考えてもいなかった計画に、自分たちを用いるためであった、と気づかされたのです。だから彼らは「すぐにマケドニアに向けて出発」したのです。
私たちの教会も、伝道のために、神のご栄光を表すために色々な計画を立てます。その計画が思うように進まず、頓挫し挫折すれば、深い落胆を味わい、パウロのように途方に暮れるしかありません。しかし私たちは、私たち人間の計画には限界があることをしっかり弁えなくてはなりません。あのパウロですら限界があったのです。そして私たちは自らの力で、自分たちの限界を打ち破ることは決してできません。しかし神は、私たちの計画を阻まれることによって、私たちの計画の限界を打ち破ってくださいます。私たちの計画を超えた、私たちには思いもよらない、考えてもいなかった神のご計画のために、私たちの教会を、また私たち一人ひとりを招いてくださるのです。そのとき私たちも、どんな理由によるのであれ、自分たちの計画が頓挫し挫折したのは、聖霊の働きによるのであり、自分たちの計画を超えた、神のご計画に自分たちが用いられるためであった、と気づかされるのです。
「私たち」
ところで10節に、「私たち」という主語が出てきて、それが17節まで続きます。普通に考えれば、「パウロがこの幻を見たとき、パウロたちはすぐに…」とか「彼らはすぐに…」と記されるはずです。それなのに「私たちはすぐに…」と記されています。使徒言行録には、これ以降、同じように「私たち」が主語となっている部分が幾つか出てきます。その理由について、使徒言行録の著者ルカが、ここからパウロたちに同行したと考えられることがあります。ルカ自身がそこにいたから、「私たち」と記したと考えるのです。しかしそれだけではないように思います。むしろこの「私たち」は、今、このみ言葉を読んでいる私たちを巻き込もうとしているのではないでしょうか。ここで語られていることが、ほかならぬ私たちにも起こることを強調しているのです。私たちもまた、自分たちの計画が頓挫する中で、神の語りかけを聞くことを通して、自分たちの計画を超えた神のご計画への招きを与えられることがあります。そのとき私たちは、「神が私たちを招いておられる」と確信して、その招きにお応えして、「すぐに」そのご計画に用いられるために出発していくのです。
神の驚くべきみ業
パウロたちは神からの招きを確信し、その招きにお応えして、すぐに出発しました。そして11、12節にあるように、「トロアスから船出してサモトラケ島に直航し、翌日ネアポリスに着き、そこから、マケドニア州第一区の都市で、ローマの植民市であるフィリピに行った」のです。このとき、福音はエーゲ海を越えて、初めてヨーロッパへと伝わりました。しかしこの歴史的な出来事は、パウロの、つまり人間の計画によって実現したのではありません。人間の計画の限界を打ち破る、人間の計画を超えた、神のご計画によって、その神のご計画にパウロたちが用いられることによって実現したのです。神の驚くべきみ業によって、この歴史的な出来事が実現しました。そして神は、今も、私たちの教会を用いて、驚くべきみ業を実現してくださっています。先日の創立152周年記念礼拝でも、私たちは三名の方が洗礼を授かり、キリスト者とされるという神の驚くべきみ業を目の当たりにしたのです。
フィリピ
パウロたちのヨーロッパにおける伝道は、フィリピから始まりました。フィリピは、紀元前31年頃、オクタウィアヌス(後のアウグストゥス)によってローマの植民市(しょくみんし)となりました。「植民市」と聞くと、「植民地」と似たイメージで捉えがちですが、それは間違いです。この時代のローマの「植民市」には、主にローマの退役軍人などが移住し、自治が認められるとともに、イタリア本土のローマ市民と同等の権利が認められていました。またフィリピは、地理的に東西を結ぶ要所であり、この地方の中心都市でありました。
祈りの場へ
そのフィリピで、パウロたちは13節にあるように、安息日に、「町の門を出て、祈りの場があると思われる川岸に」行きました。当時のフィリピには、移住したローマの退役軍人だけでなく、もともと暮らしていたマケドニアの人たちもいましたが、ユダヤ人は少なかったようで、それゆえ会堂もなかったようです。そのためパウロたちは安息日に会堂ではなく、ユダヤ人たちの「祈りの場があると思われる川岸に」行きました。「祈りの場」が「川岸」にあるのは、ユダヤ教の清めの儀式を行うのに都合が良かったからでしょう。パウロたちが訪ねた「祈りの場」には、女性たちが集まっていました。13節の終わりにあるように、パウロは、祈りの場に「集まっていた女たちに話をした」のです。おしゃべりをしたのではありません。これまでユダヤ人の会堂で行ってきたのと同じように、「祈りの場」に集っていた女性たちに、主イエス・キリストの十字架と復活による救いを、福音を語ったのです。
リディアの洗礼
女性たちの中に、14節にあるように「ティアティラ市出身の紫布を扱う商人で、神を崇めるリディアと言う」女性がいました。「神を崇める」とは、この場合、ユダヤ教の信者であったという意味ではなく、ユダヤ教の神に帰依していた信心深い人物であった、というほどの意味です。またティアティラは、小アジア西部の町で、織物の染色業の中心地でした。リディアは、そのティアティラ出身の「紫布を扱う商人」であったのです。そのリディアが、パウロの宣べ伝える福音を聞いて、主イエス・キリストの十字架と復活が、ほかならぬ自分のための出来事であったことを示されました。そしてキリストの十字架と復活によって実現した救いを信じ、受け入れ、洗礼を受けたのです。15節には、彼女だけでなく、彼女の家族も洗礼を受けたことが記されています。
リディアの献身
さらにリディアはパウロたちに、「私が主を信じる者だとお思いでしたら、どうぞ、私の家に来てお泊りください」と言って、「無理やり」パウロたちを自分の家に「招き入れ」ました。そこに私たちは、リディアの熱心さを、リディアの献身を見ることができます。なぜならリディアは、単にパウロたちに一時的に泊まる場所を提供したのではなく、自分の家をパウロたちに開放した、もっと言えば、神に献げたからです。このようにして、このリディアの家が、ヨーロッパにおける最初の教会となりました。それは、小さな教会でした。立派な会堂などない、まことに小さな教会でした。本日の箇所は、確かに神の驚くべきみ業によって福音が初めてヨーロッパに伝わった歴史的出来事を語っています。しかしそれは目に見える出来事としては、誰も気に留めることのないような、実に小さな出来事でした。しかしこの小さな出来事が、ヨーロッパ伝道の第一歩となり、ヨーロッパが「キリスト教世界」となる第一歩となります。そしてこの出来事の背後に、救いの恵みにお応えしたリディアの熱心と献身があったのです。言うまでもなく、リディアの熱心は救われるための熱心ではありません。神の一方的な恵みによって救われたことへの感謝に生きる中での熱心であったのです。私たちの教会の伝道は、華々しいものではありません。小さな出来事の積み重ねです。しかしその小さな出来事の一つひとつの背後に、確かに教会に連なる者たちの、私たちの熱心があり、献身があるのです。
主が心を開かれたので
リディアがキリストの十字架と復活による救いを、自分のための救いとして信じ、受け入れたのは、パウロの語る説教を聞くことを通してでした。14節の終わりには、リディアが「パウロの話を注意深く聞いた」と言われています。パウロの語る説教を注意深く聞くことを通して、彼女はキリストの十字架と復活による救いが、ほかならぬ自分のための出来事であったことを示されたのです。けれどもそれは、リディアが頑張って努力したから、パウロの説教を注意深く聞けた、ということではありません。14節の後半ではこう言われています。「主が彼女の心を開かれたので、彼女はパウロの話を注意深く聞いた」。主イエスがリディアの心を開かれたので、リディアはパウロの話を注意深く聞くことができました。生きて働かれる主イエス・キリストが、リディアの心を開いてくださったから、神からの語りかけを自分への語りかけとして聞くことができたのです。共に読まれた旧約聖書エゼキエル書36章26節には、「あなたがたに新しい心を与え、あなたがたの内に新しい霊を授ける」とあります。主イエスがリディアの心を開き、新しい心を与え、新しい霊を授けてくださり、救いにあずからせ、キリスト者としてくださったのです。それは、生きて働かれる主イエス・キリストが伝道を前進させてくださった、ヨーロッパ伝道の第一歩を実現してくださった、ということにほかならないのです。
考えてみれば、パウロが一人のマケドニア人を通して神の語りかけを聞き、エーゲ海を渡り、マケドニア人に福音を告げ知らせるために、神が自分たちを招いておられると確信できたのも、生きて働かれる主イエスがパウロの心を開いてくださったからでしょう。自分の計画が頓挫し、途方に暮れていたパウロに、主イエスが働きかけてくださり、その心を開いてくださったのです。だからパウロは、神の語りかけを聞いて、神が自分たちの計画を阻まれたのは、自分たちの計画を超えた神のご計画に自分たちを用いるためであった、という確信を与えられました。そのようにパウロの心を開いてくださった主イエスが、リディアの心をも開いてくださって、ヨーロッパにおける最初の教会を誕生させてくださったのです。
このこともまた、ほかならぬ私たちの教会に起こっていることです。私たちは教会に来たばかりの頃は、説教を聞いても、何を言っているのかよく分かりません。それでもしばらく通っていると、少しずつ分かってきます。聖書に親しみ、教会の言葉に慣れてくればなおさらです。しかしそれで私たちは、キリストの十字架と復活による救いを信じられるわけではありません。聖書の知識を積み重ね、理解を深めること自体は大切であっても、それによって、キリストの救いを自分のための出来事として信じ、受け入れられるわけではないのです。そうではなく今も生きて働かれる主イエス・キリストが、私たちの心を開いてくださることによってこそ、私たちはあのキリストの十字架の死と復活が、ほかならぬ「私」の救いのための出来事であった、と信じ受け入れることができるのです。
伝道のみ業に仕える
ですから私たちの教会の伝道は、生きて働かれる主イエス・キリストが、礼拝に集った者たちの心を開いてくださることによって前進してきたし、これからも前進していきます。すでに主イエスに心を開いていただき、主イエスによる救いにあずかり、洗礼を受けてキリスト者とされた私たちは、その救いの恵みに感謝して、お応えして、リディアのように献身して歩んでいきます。その歩みの中で、私たちは自分たちの計画が頓挫して、落胆し、途方に暮れて、歩みを止めなくてはならないことも度々あるに違いありません。しかしそのようなときも、パウロのように、今も生きて働かれる主イエスによって心を開いていただき、神からの語りかけを聞いて、人間の計画を超えた神のご計画への招きを確信し、その招きにお応えして、私たちは再び歩み始めていくのです。そのように歩む私たちと私たちの教会は、生きて働かれる主イエスが心を開いてくださり、キリスト者を起こしてくださる神の驚くべきみ業を、繰り返し目の当たりにしていきます。この神の伝道のみ業に、私たちの教会はこれからもお仕えしていくのです。