主日礼拝

死ぬことさえも

「死ぬことさえも」 牧師 藤掛 順一

・ 旧約聖書; イザヤ書、第40章 6節-11節
・ 新約聖書; 使徒言行録、第21章 1節-14節
・ 讃美歌21; 229、55、469、聖歌隊 32

 
エルサレムへ上るパウロ
 使徒言行録21章には、初代の教会の最大の伝道者パウロが、第三回伝道旅行の終わりに、エルサレムに上ったことが語られています。このエルサレムで彼は逮捕され、ローマ帝国の囚人となり、そしてローマに護送されていきます。そのようにして、彼自身の願いでもあったローマ行きが実現するのです。そして伝説によれば、パウロはそのローマで、皇帝ネロの迫害によって殉教の死を遂げるのです。本日ご一緒に読む21章1~14節は、第三回伝道旅行の終わりに、ミレトスという港町でエフェソの教会の長老たちを呼んで告別説教を語った後、海路パレスチナに向かい、カイサリアに着いたところまでの歩みを語っています。いよいよエルサレムに上る、その直前のパウロの姿がここに語られているのです。

パウロの覚悟
 本日の箇所には、地中海を東へ航海したパウロが、シリア、パレスチナに着いてからいくつかの町に立ち寄り、そこでキリストを信じる仲間たちとの交わりを持ったことが語られています。まずティルスです。聖書の後ろの付録の地図の8「パウロの宣教旅行2、3」を見ていただくとその場所がわかります。パウロらはそこに七日間滞在したとあります。次に彼らが立ち寄ったのはプトレマイスです。そこでは兄弟たちに挨拶し、彼らのところで一日を過ごしたとだけあります。そしてカイサリアです。どの町でも、パウロらは信仰の仲間たち、兄弟たちとのよい交わりを与えられています。けれども、その交わりの姿を通して使徒言行録が語っているのは、エルサレムに上ろうとしているパウロの強い覚悟です。ティルスでも弟子たち、つまり信者たちが、エルサレムへ行かないようにと繰り返し言いましたが、パウロは彼らを振り切って旅を続けました。カイサリアでも同じことがさらに詳しく語られています。パウロは13節で「泣いたり、わたしの心をくじいたり、いったいこれはどういうことですか。主イエスの吊のためならば、エルサレムで縛られることばかりか死ぬことさえも、わたしは覚悟しているのです」と言ってエルサレムへと出発したのです。

フィリポ
 ところで、カイサリアにおいてパウロは、福音宣教者フィリポの家に滞在した、と8節にあります。この人は、「例の七人の一人」と言われています。それは第6章で、使徒たちを助け、貧しい者たちへの援助の業に携わるために選ばれた七人の人々の中の一人、ということです。その七人の筆頭に吊が挙げられているのは、その後最初の殉教者となったステファノです。その次に吊前をあげられているのがこのプィリポです。このフィリポについては第8章で、サマリアの町々で伝道をしたこと、そしてガザへと下る道で、エチオピア人の宦官を導き、洗礼を授けたことが語られていました。つまりまさに「福音宣教者」としての働きをしていったのです。8章の終わりには彼がカイサリアまで行ったとありますから、その後はカイサリアに留まり、そこで伝道をしていたのでしょう。カイサリアに到着したパウロはそのフィリポの家に滞在したのです。ステファノにしてもフィリポにしても、このように力強い伝道の働きをしたことが語られています。しかし彼らはもともとは、教会における貧しい者のための奉仕の働きへと選び出された人たちでした。そのために選ばれた者たちが、次第に伝道においても豊かな賜物を発揮していったのです。このことから私たちは、教会における奉仕について深く考えさせられます。つまりあの第6章の記述においては、み言葉を語るための使徒たちの働きと、貧しい人々への援助という物質的な面での奉仕の業とは区別されているように見えますが、ステファノやフィリポのその後の歩みを見るならば、両者は決して切り離されてはいないということです。み言葉を宣べ伝える働きと、物質的な面での奉仕とは、切り離すことができないのです。そのどちらもが、教会の本質的な働きなのです。第6章において使徒たちとは別に物質的な奉仕の担い手が立てられたのは、その働きを教会の業としてしっかりと行なっていくためです。み言葉がしっかりと語られると共に、弱い者、貧しい者への援助の働きもしっかりとなされていく、そのことを、生まれたばかりの教会は既に目指していたのです。それは、全く別な二つの課題を両方担おうということではありません。物質的な面での奉仕が、み言葉と切り離されて独り歩きしていくなら、その奉仕は歪んでしまい、本当に人を支え、慰め、力づける働きにはならないのです。またみ言葉を語る働きが、奉仕と切り離され、奉仕なしでただみ言葉を語っているだけになっていくならば、そこには、本当にみ言葉に生きる者たちの群れ、共同体がこの世の現実の中に築かれていきません。宗教的講演を楽しむカルチャーセンターぐらいのものにしかならず、教会が築かれていかないのです。み言葉が語られることと具体的な奉仕とは一つであり、どちらを欠いても他方がきちんと成り立たなくなるのです。

エルサレム行きの目的
 さてこのフィリポの家に滞在している間に、アガボという預言者がやって来て、パウロがエルサレムでユダヤ人たちに捕えられ、異邦人の手に引き渡される、という預言を語りました。そこで人々は、エルサレムには上らないようにとパウロにしきりに頼んだのです。しかしパウロは、先ほど読みましたように、自分は死ぬことさえも覚悟しているのだ、と言いました。パウロがこのような覚悟を持ってエルサレムに行こうとしているのは何のためなのでしょうか。彼がエルサレムに行こうとしていることの理由、目的について、使徒言行録は沈黙しています。使徒言行録だけを読んでいたのでは、パウロが何故このように死ぬことをも覚悟してエルサレムに上ろうとしているのかが分からないのです。その理由、目的を知るためには、パウロ自身が書いた手紙を読まなければなりません。先ず読んでおきたいのは、コリントの信徒への手紙一の16章1~4節です。(323頁)「聖なる者たちのための募金については、わたしがガラテヤの諸教会に指示したように、あなたがたも実行しなさい。わたしがそちらに着いてから初めて募金が行われることのないように、週の初めの日にはいつも、各自収入に応じて、幾らかずつでも手もとに取って置きなさい。そちらに着いたら、あなたがたから承認された人たちに手紙を持たせて、その贈り物を届けにエルサレムに行かせましょう。わたしも行く方がよければ、その人たちはわたしと一緒に行くことになるでしょう」。これは、第三回伝道旅行において、彼がエフェソに約三年間滞在して伝道していた間に書かれた手紙です。募金、献金が勧められています。週の初めの日にはいつも、つまり日曜日、主の日の礼拝に集うごとに、「聖なる者たちのため」の募金をしなさいと言っているのです。「聖なる者たち」というのは、「この贈り物を届けにエルサレムに行かせる」とあることから分かるように、エルサレムにいる聖なる者たち、つまりエルサレム教会の人々のことです。エルサレム教会への献金を、主の日の礼拝ごとに集めることをパウロはコリント教会の人々に命じているのです。同じことをガラテヤの諸教会にも既に指示しているとも語られています。コリントにおいてのみでなくガラテヤでも、このような献金活動をパウロは展開しているのです。同じ献金についてのさらに詳しい勧めは、コリントの信徒への手紙二の8、9章にあります。そこを読むと、マケドニア、つまりギリシャの北部の諸教会でも既にこの献金が始められていることが分かります。次に読みたいのは、ローマの信徒への手紙の第15章25、26節です。(296頁)「しかし今は、聖なる者たちに仕えるためにエルサレムへ行きます。マケドニア州とアカイア州の人々が、エルサレムの聖なる者たちの中の貧しい人々を援助することに喜んで同意したからです」。この手紙は、コリントの信徒への手紙よりも後に、パウロがエフェソを去ってコリントに滞在している間に書かれたものです。彼はここで自分のこれからの計画を語り、まだ会ったことのないローマの教会を訪ね、さらにはイスパニア、今日のスペインにまで伝道の足を伸ばしたいという願いを語っていますが、しかし今はまず、エルサレムへ行かなければならないと言っています。その理由が、マケドニア州とアカイア州の人々が、エルサレムの聖なる者たちの中の貧しい人々を援助することに同意したからなのです。アカイア州の人々というのはコリント教会の人々のことです。彼らの献金を届けるために、パウロはエルサレムへ行こうとしているのです。先ほどのコリントへの手紙では、自分も行くかどうか決めかねていましたが、ここでは、自分自身が行く決意を固めています。マケドニア州とアカイア州、つまりギリシャの諸教会と、さらに先ほどのガラテヤを含めれば小アジアの諸教会にも彼が勧めて集めた献金を届けるために、彼は死ぬことをも覚悟してエルサレムに上ろうとしているのです。

異邦人の教会とユダヤ人の教会
 しかし、献金を届けるということが、そんなに命をかけるほどに大事なことなのでしょうか。それを理解するためには、この献金に込められている深い意味を知らなければなりません。まず第一に言えることは、この献金は苦しみの中にある人々への援助である、ということです。この当時、ユダヤ地方では、次第にユダヤ人たちの民族主義的風潮が強まってきていました。それが後にローマ帝国に対する反乱につながり、その結果紀元70年にはエルサレムはローマの軍隊に破壊されてしまうのですが、そういうユダヤ国粋主義の下にあったエルサレム教会は、ユダヤ人たちからの迫害、圧迫を受けて苦しんでいたのです。そのような苦しみの中にあるエルサレム教会の兄弟たちを助ける、という意味がこの献金にはあります。しかしそれだけではありません。この献金にはさらに深い意味が込められています。そのこともパウロの手紙から知ることができます。先ほど読んだローマの信徒への手紙第15章の続き、27節にこう言われているのです。「彼らは喜んで同意しましたが、実はそうする義務もあるのです。異邦人はその人たちの霊的なものにあずかったのですから、肉のもので彼らを助ける義務があります」。ここには、この献金が単なる援助ではなく、むしろ受けた恵みへの感謝、返礼であることが語られています。パウロが伝道して生まれた小アジアやギリシャにおける教会の信者たちの多くは、ユダヤ人ではない異邦人でした。その異邦人たちは、エルサレムの人々、つまりユダヤ人たちの霊的なものにあずかったのです。「霊的なもの」とは、主イエス・キリストによる救いの恵みです。主イエス・キリストは、ユダヤ人としてお生まれになり、旧約聖書に預言され約束されていたメシア、救い主としてのみ業を成し遂げられたのです。パウロはそのイエス・キリストによる救いの福音を、異邦人たちに宣べ伝えました。彼らは、ユダヤ人たちの歴史の中で約束され、実現した救いにあずかったのです。それが、彼らの霊的なものにあずかったということです。だから今度は彼ら異邦人が、「肉のもの」、つまり献金によってユダヤ人の信者たちを支え助けていくのは当然だ、とパウロは言っているのです。つまりこの献金は、異邦人のキリスト者が、ユダヤ人のキリスト者からキリストの福音を受けたことへの返礼なのです。

教会の一致のために
 この27節はそういう言い方をしているわけですが、それは単に「受けたものへのお返しをする」ということではありません。パウロがここで考え、目指しているのはもっと深いことです。それは、彼が伝道して生まれた異邦人の教会と、エルサレムのユダヤ人の教会とがしっかりとつながって、両者の間によい交わりが生まれて欲しい、ということです。パウロは、主イエス・キリストによる救いの恵み、福音が、ユダヤ人のみに与えられているのではなく、主イエスを信じる全ての人々に同じように与えられていることを固く信じています。主イエス・キリストによって神様は新しいイスラエルである教会を興して下さり、そこに、ユダヤ人のみでなく、どの民族の者でも招いて下さっている、ただ主イエス・キリストを信じることによって異邦人も救いにあずかり、キリストの体である教会に加えられる、それがパウロの宣べ伝えていた福音でした。しかしこのことは、ユダヤ人のクリスチャンたちにはなかなか受け入れられませんでした。ユダヤ人たちは長年、自分たちこそが神様の民であるという強い自負を持ってきました。それゆえに主イエスをキリストと信じた後も、割礼を受け、律法の定めに従ってユダヤ人としての生活をすることが救いにあずかるためには絶対に必要だ、という思いからなかなか抜け出すことができなかったのです。それゆえに、パウロの伝道によって生まれた異邦人の教会と、エルサレムのユダヤ人の教会との関係は、必ずしもうまくいっていませんでした。使徒言行録の第15章には、異邦人が主なメンバーだったアンティオキアの教会に、エルサレムからユダヤ人の信者がやって来て、「あなたがたも割礼を受けなければ救われないぞ」と言ってパウロらと激しい対立が生じたことが語られていましたが、そこに現れているのはそういう問題です。使徒言行録はこの15章で、使徒会議というのが行われてそこでこの問題が円満に解決したように語っていますが、実際にはそんな簡単には行かず、むしろパウロを指導者とする異邦人の教会とエルサレムのユダヤ人の教会とがそれぞれ独自に歩んでいくような状態が続いていたと思われるのです。しかしパウロは、そのままでよいとは思っていませんでした。異邦人の教会とユダヤ人の教会が一致して、手を携えて共に歩むようにならなければならない、という思いを強く持っていたのです。そのことを実現するための一つの手段が、異邦人キリスト者たちからのエルサレム教会のための献金です。彼はこの献金の業を通して、異邦人の教会とユダヤ人の教会との一致、交わりを確立しようと願っているのです。その思いが、コリントの信徒への手紙二の第9章12~14節に語られています。(336頁)「なぜなら、この奉仕の働きは、聖なる者たちの上足しているものを補うばかりでなく、神に対する多くの感謝を通してますます盛んになるからです。この奉仕の業が実際に行われた結果として、彼らは、あなたがたがキリストの福音を従順に公言していること、また、自分たちや他のすべての人々に惜しまず施しを分けてくれることで、神をほめたたえます。更に、彼らはあなたがたに与えられた神のこの上なくすばらしい恵みを見て、あなたがたを慕い、あなたがたのために祈るのです」。この奉仕の働き、つまり献金によって、エルサレム教会の人々が、異邦人の教会に与えられた神様のすばらしい恵みを認め、また彼ら異邦人の信者たちがキリストの福音に忠実に生きていることを知り、神様をほめたたえ、そして異邦人の教会の人々のことを好意をもって覚え、彼らのために祈るようになる、そういう交わりが両教会の間に生まれることを彼は願っているのです。

教会の生命のために
 パウロのこの願いは、異邦人の教会とユダヤ人の教会とが仲良く協力してやっていった方がよい、というだけのことではありません。むしろ彼はそこに、どちらの教会にとっても、その生命に関わる問題があると見ているのです。異邦人の教会は、ユダヤ人の教会との関係をしっかり持つことによって、旧約聖書に語られているイスラエルの神の民としての歴史とつながる必要があるのです。そうでないと、異邦人の教会は、神様がイスラエルの民を選び、そこにおいてなしてこられた救いのみ業との関係を失った、根無し草になってしまいます。 教会は、旧約のイスラエルの民との連続性を持たなければ、新しいイスラエルとして神様の救いの歴史を担うことはできないのです。他方ユダヤ人の教会も、異邦人の教会との関係を必要としています。異邦人に心を閉ざし、ユダヤ人だけの教会になってしまうなら、彼らは、神様が主イエス・キリストにおいて成し遂げて下さった新しい救いのみ業に生きる者ではなくなり、キリストにおける新しいイスラエルでなくなってしまうのです。つまりキリスト教会ではなくてユダヤ教の一派に留まってしまうのです。このように、異邦人の教会にとっても、ユダヤ人の教会にとっても、お互いに相手との関係をしっかり持って共に歩むことによってこそ、神様の民としての生命を正しく保っていくことができるのです。つまりこれは、仲良くした方がいい、というような暢気な問題ではなくて、教会が教会として生き続けることができるかどうかがかかっている、生きるか死ぬかの問題なのです。それゆえにパウロは、このことのために命を捧げようとしているのです。異邦人の信者たちからの献金を自らの手でエルサレム教会に届け、手渡す、それによって異邦人の教会とユダヤ人の教会の一致、交わりを確立するためには、自分が死ぬことがあってもよい、と覚悟しているのです。

信仰者の交わり
 このパウロの覚悟から私たちは、信仰者が共に生きること、その交わりの大切な意味を教えられます。私たちは、信仰者どうしの交わりの大切さをそれなりに感じているつもりでいます。しかしそこで私たちが思っていることはしばしば、信仰を持ってこの世を生きる時に、一人では心もとない、やはり仲間がいて、助け合って共に歩んだ方が心強い、だから信仰者の交わりが大切だ、というぐらいのことではないでしょうか。しかしその程度の思いならば、「私は人の支えなんかいらない。むしろそういうものは煩わしい。一人で、ただ神様とだけ交わりを持って歩んだ方が気楽でいい」という人がいれば、それには反論できないのです。しかしここに示されているパウロの覚悟から教えられるのは、信仰者の交わり、特に自分とは違う思いを持っている人との交わりが、私たちの信仰の生命を保つためには上可欠だ、ということです。そのような交わりにおいてこそ私たちは、自分の狭い、自己満足的な、独善的な思いを打ち砕かれ、神様のみ心に従う者へと作り変えられていくのです。交わりは、ただ自分の弱さへの補いや助けを受けるためではなくて、神様のみ心を本当に求める者へと作り変えられていくために必要なのです。だから、自分は一人の方がいい、交わりはいらない、というのは、好みの問題ではなく、信仰の姿勢が根本的に間違っているのです。

共に祈る交わり
 本日の箇所には、パウロ自身が良い交わりに生きていた姿が描かれています。ティルスにおけるその交わりの姿が5節にあります。ティルスの信者たちは、妻や子供を連れて、全家族で、町外れまでパウロを見送りに来ました。そして共に浜辺にひざまずいて祈ったのです。ここに、信仰者の交わりの真実の姿があります。それは共に祈る交わりです。これと同じことは20章の36節にもありました。ミレトスを去る時に、集まったエフェソ教会の長老たちとパウロとは一緒にひざまずいて祈ったのです。このように共に祈ることにこそ、信仰者どうしが神様の前で一つとされる交わりがあります。そこにおいてこそ、私たちは信仰の姿勢を正され、自らの思いに固執することから解き放たれ、神様のみ心を求める者へと造り変えられていくのです。パウロが異邦人の教会とユダヤ人の教会との間に築こうとした交わりも、この祈りにおける交わりです。ギリシャや小アジアにいる異邦人たちと、エルサレムのユダヤ人たちとが、直接顔を合わせてお互いを知ることは殆ど有り得なかったでしょう。しかしこの献金の業を通して、お互いが相手のことを覚えて祈り合っていく、そういう交わりが生まれることを、パウロは切に願い、そのために命を捧げる覚悟でいるのです。
 カイサリアでも、信者たちはパウロの身を案じ、エルサレムに上ることを思い止まるように願いました。しかしパウロの強い決意と覚悟とを聞いた人々は、14節にあるように、「主の御心が行われますように」と言って彼を送り出したのです。ここにも、信仰者の交わりの真実の姿があります。パウロの身を案じ、心配することは、仲間として当然の思いです。しかしそのような人間の思いよりも、神様の御心に従うことをこそ第一としているのです。そのことができるかどうかに、私たちの交わりの質がかかっています。お互いに人間としての思いを尽くして相手のことに心を配る、しかし最後には、「主の御心が行われますように」という姿勢を皆が持つ、それが信仰者の交わりのあるべき姿です。そのような交わりの中でこそ私たちは、神様の前で一つとされ、お互いが信仰の姿勢を正され、自らの思いに固執することから解き放たれて、神様のみ心を求める者へと造り変えられていくのです。私たちの交わりも、そのようなものでありたい。そのために、み言葉が語られると共に、お互いの間での奉仕の業がしっかりとなされ、互いに覚えて祈り合い、支え合っていく関係を築き上げていきたいのです。本日からアドベント、主イエス・キリストのご降誕を覚えるクリスマスに備え、主が再び来られることを待ち望む思いを整える時に入ります。クリスマスに向けて、私たちの信仰の交わりを、互いのことを覚えてとりなし祈り合い、そして最終的には沈黙して「主の御心が行われますように」と祈る交わりへと整えていきたいのです。

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