主日礼拝

傷ついた葦を折らず

説教 「傷ついた葦を折らず」 牧師 藤掛順一
旧約聖書 イザヤ書第42章1-4節
新約聖書 マタイによる福音書第12章9-21節

安息日をめぐるファリサイ派の人々の批判
 先週の礼拝でマタイによる福音書第12章の1~9節を読みました。そこには、ある安息日に、主イエスの弟子たちが麦の穂を摘んで食べたのを、ファリサイ派の人々が「安息日にしてはならないことをしている」と非難したことが語られていました。安息日は、主なる神がご自分の民であるユダヤ人にお与えになった律法に定められており、週の七日目のこの日には、一切の仕事を休まなければならないとされていたのです。ファリサイ派の人々は、その律法の専門家であり、人々に、律法に基づく生活の仕方を教えていました。その彼らからすると、麦の穂を摘んで殻を取って食べることは「収穫」や「脱穀」という「仕事」に当り、安息日にしてはならないことだったのです。
 主イエスはこのファリサイ派の人々の批判に対して、「わたしが求めるのは憐れみであって、いけにえではない」という旧約聖書のみ言葉によってお答えになりました。神が安息日をお定めになったのは、人々に対する憐れみのみ心によるのだ、空腹な人が、目の前に食べ物がありながら、安息日だからといって何も食べられずに過ごさなければならないようなことは、神のみ心に反する、安息日の掟を形の上で守ることが目的になって、その根本にある神の憐れみのみ心を見失ってしまうのは間違いだ、と主イエスはおっしゃったのです。

ファリサイ派の人々の会堂で
 本日の9節以下は、この8節までの話の続きです。ここでも問題になっているのは、安息日の過ごし方です。先週の箇所と同じ安息日に起った出来事と読める書き方になっています。主イエスは会堂にお入りになりました。安息日にユダヤ人たちは会堂に集まり、律法を学び、祈る礼拝をしていたのです。ですからそこには町の多くの人々が集まっていました。その中に、片手の萎えた人がいたのです。人々は、明らかにこの人のことを意識しながら主イエスに、「安息日に病気を治すのは、律法で許されていますか」と尋ねました。それは「イエスを訴えようと思って」のことだったとあります。「人々」が尋ねたと10節は訳されていますが、原文は「彼らが」、です。その彼らとは「ファリサイ派の人々」のことだと思われます。9節の「会堂にお入りになった」も、原文では「彼らの会堂にお入りになった」となっています。ユダヤ人たちの会堂において主導権を握り、指導しているのはファリサイ派の人々ですから、「彼らの会堂」の「彼ら」もファリサイ派だと言えます。ファリサイ派の人々の会堂で、ファリサイ派の人々が、主イエスに悪意ある質問をしたのです。彼らは、主イエスが、病人や体の不自由な人を癒しておられることを知っていました。片手の萎えた人が目の前にいれば、きっとまた癒しの業をするに違いない。しかし病気の人を癒すことは医療行為という仕事です。それは彼らの理解では安息日にはしてはならないことなのです。それをこの安息日に、しかも人々が集まっている会堂の真中ですれば、多くの証人の前で、明確に、イエスは安息日の律法に違反していると訴えることができる、彼らはそう考えて、主イエスをけしかけるように、「安息日に病気を治すのは、律法で許されていますか」という問いを投げかけたのです。

神の慈しみのみ心を示すために
 福音書には、これと同じように、主イエスに対して、悪意ある、陥れようとする質問が投げかけられたことがいくつか語られています。そういう問いに対して主イエスは、ある時には相手が答えられないような質問を逆にすることによって答えを避けたり、ある時には話を巧みにずらして逃れたりしておられます。しかしこのたびの問いに対しては、主イエスは真正面から立ち向かっておられます。「あなたたちのうち、だれか羊を一匹持っていて、それが安息日に穴に落ちた場合、手で引き上げてやらない者がいるだろうか。人間は羊よりもはるかに大切なものだ。だから、安息日に善いことをするのは許されている」。「安息日に善いことをするのは許されている」これが主イエスの結論です。「許されている」と訳されていますが、原文はもっと積極的な、「正しい、適切である」という言葉です。口語訳聖書では「安息日に良いことをするのは、正しいことである」となっていました。主イエスはそういう主張を、真っ向から彼らにぶつけておられるのです。そのために取り上げられているのは、穴に落ちた羊を安息日であっても手で引き上げてやるのは当然ではないか、ということです。実はこういうことを、ファリサイ派を始めとする当時の律法の専門家たちは盛んに議論していたのです。安息日にどこまでのことはしてよいか、どこから先はいけないか。例えばこのように羊が穴に落ちた場合にそれを手で引き上げることは「仕事」に当るのです。「そのくらいのことが」と私たちは思いますが、35年ほど前に私がイスラエルに行った時にも、ホテルのエレベーターは安息日になると各階止まりになっていました。行き先の階のボタンを押すことが「仕事」に当たるからです。今でもそうなっているのかは分かりませんが、それほどですから、穴から羊を助け上げることは立派な仕事なのです。だからそれは基本的には許されない。ただ、その羊が、すぐに治療をしなければ死んでしまうような緊急の状態なら、引き上げることができる、その場合には緊急事態の例外として認められる、しかしそうではなくて、一日ぐらいそのままにしておいても大丈夫ならば、穴の中に餌を投げてやって、安息日が終ってから引き上げるべきだ、そんなことを彼らは一生懸命議論していたのです。つまり彼らは、安息日の掟を始めとする律法を正しく守るにはどうしたらよいか、ということばかりを考えていたのです。それに対して主イエスは、安息日だろうとなかろうと、穴に落ちた羊を引き上げてやるのは当然だと言っておられます。それは動物愛護精神から来ることではありません。主イエスが見つめているのは、実は羊のことではないのです。「あなたたちのうち、だれか羊を一匹持っていて」とあります。たった一匹の羊しか持っていない貧しい人の話としてこれは語られているのです。その人にとってその一匹はかけがえのない生活の支えです。その人に対して、「今日は安息日だから羊を引き上げてはならない」と言うのか、ということです。主イエスは掟よりも人間を、しかも貧しさや苦しみ悲しみを負っている人間を見つめておられます。そういう人間たちに対する、父なる神の憐れみ、慈しみ、恵みのみ心を見つめておられます。「人間は羊よりもはるかに大切なものだ」という言葉にそれが現れています。これは、羊と人間とどちらが価値があるか、という話ではありません。神が、何よりも一人の人間を本当に大切に思っておられる、一人でも、飢えたり、傷ついたり、悲しむことがないようにと願っておられる、そのみ心を主イエスは見つめておられるのです。安息日の掟も、その神のみ心によって与えられているものです。人々が神の恵みのみ心の中で、一週間に一日、神を礼拝することによって与えられる安息を得て、神の憐れみの中で憩う、そのために安息日はあるのです。だから、安息日に癒しの業をするのは正しいことなのです。ファリサイ派の人々は、今この会堂に、片手の萎えた人がいることを知っています。しかし彼らは、その人の苦しみや悲しみには関心がありません。彼らが考えているのは、「イエスが今日この人を癒すなら、それは安息日の律法の違反だから訴えることができる」、ということだけです。この人の苦しみは彼らにはどうでもいいのです。しかし主イエスは、この片手の萎えた人の苦しみと悲しみを見つめています。そしてその人のことを本当に大切に思い、慈しんで下さっている神のみ心をお示しになったのです。それが、ここで行われた癒しのみ業です。主イエスが「手を伸ばしなさい」と言うと、この人の萎えた手が癒されたのです。

イエスを殺そうとする人々
 主イエスはこの癒しのみ業を、敢えて安息日に、会堂の真中でなさいました。日が暮れれば安息日は終るのですから、それまで待つこともできたはずです。しかしわざと、このようになさいました。それは、律法を形の上で正しく守ることしか考えず、それをお与えになった神の憐れみのみ心を見つめようとしないファリサイ派の人々に対する真っ向からの挑戦です。その結果何が起こったか。14節にあるように、「ファリサイ派の人々は出て行き、どのようにしてイエスを殺そうかと相談した」のです。「イエスを殺そう」という思いが、ファリサイ派の人々の中にはっきりと形をなしたのです。主イエスを十字架の死へと追いやっていく人間の最初の一歩がここに記されたのです。このことはとても意味深いことです。主イエスは、父なる神の人々への憐れみ、慈しみのみ心を実現するために、それによって人々が本当の安息を得るために、安息日の主としてこの世に来られました。ところが人間は、本当の安息を与えて下さる安息日の主を拒み、安息日の掟を破るものとして殺そうとするのです。神が与えて下さる安息にあずかるのではなくて、自分が掟を守って正しく生きることによって安息を得ようとするところには、そういうことが起こるのです。

新しい群れを築くために
 15節以下を読み進めていきたいと思います。「イエスはそれを知って、そこを立ち去られた」とあります。ファリサイ派の人々が自分を殺そうと相談したことを知って、彼らの会堂から立ち去られたのです。こういうことが、この後何度も繰り返し語られていきます。ファリサイ派を始めとするイスラエルの指導者たちが、主イエスを受け入れず、敵対する、その人々の前から、主イエスは身を引いていくのです。それは、身の危険を感じて隠れた、ということではありません。「大勢の群衆が従った」とあります。会堂を立ち去った主イエスの後に、大勢の群衆がぞろぞろとついていったのです。また、「イエスは皆の病気をいやして」ともあります。立ち去ってひそかに身を隠したのではありません。主イエスは逃げ隠れしているのではなくて、ファリサイ派の人々の下にある会堂から立ち去り、癒しのみ業を続けていかれたのです。そのことによって主イエスが何をしようとしたのかは、これからの所で次第にはっきりと語られていきますが、先取りして言うなら、ファリサイ派の人々の会堂とは別の、新しい群れを築いていかれたのです。律法を守って正しく生きることを第一の目的とするのではなくて、「わたしが求めるのは憐れみであって、いけにえではない」という神の憐れみのみ心を信じ、そのみ心を告げて下さる主イエスに従っていく者たちの群れをです。会堂から立ち去った主イエスの後に、大勢の群衆が従ったとあるのは、そういう主イエスのこれからの歩みと、主イエスのもとに新しい群れが築かれていくことを暗示していると言うことができるのです。
主イエスのもとに築かれる新しい群れの基本構想
そのように読んでいく時に、17節以下に預言者イザヤの言葉が引用されていることの意味が分かってきます。17節に「それは、預言者イザヤを通して言われていたことが実現するためであった」とあります。「それは」とは、普通に考えれば直前の16節の、主イエスがご自分のことを言いふらさないように人々を戒められたことを指すと思われます。そのことを預言しているイザヤ書の言葉は19節の「彼は争わず、叫ばず、その声を聞く者は大通りにはいない」だと思われます。つまりイザヤ書42章2節の「彼は叫ばず、呼ばわらず、声を巷に響かせない」です。ここに、主イエスがご自分のことを宣伝させて人々を集めるようなことをなさらないことが預言されていた、その預言が実現した、と読めるのです。けれども、そのことを語るためにイザヤ書を引用するなら、19節だけですむのであって、その前後は必要ありません。しかしマタイは18~21節までを、つまり本日共に読まれたイザヤ書42章1~4節の全体をここに引用しています。それは、この引用において見つめられているのが16節のことだけではないことを示しています。つまりこのイザヤ書42章1~4節の引用は、主イエスが、ファリサイ派の人々の下にある会堂を離れて、ご自分のもとに築いていかれる群れが何によって生きるか、そこにどのような群れが築かれていくのか、を示すためになされているのです。主イエスのもとに集められる新しい群れの基本構想がこのイザヤ書の言葉によって示されていると言うことができるのです。

主イエスの救いは異邦人に及ぶ
 そこで、このイザヤ書からの引用の言葉を見ていきたいと思います。「見よ、わたしの選んだ僕。わたしの心に適った愛する者。この僕にわたしの霊を授ける」。これは、この福音書の3章16、17節に語られていた、主イエスが洗礼をお受けになった時に、神の霊が鳩のように降り、「これはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」という声が天から聞こえたというところにも語られていたことです。主イエスこそ、イザヤが預言した、神が選んでご自身の霊を授けてお遣わしになった「僕」なのです。ちなみにこの「僕」という言葉は「子」という意味をも持っています。ですからここには主イエスが神の子であられることも語られていると言えます。そしてその神の僕、あるいは子である主イエスは何をなさるのか。「彼は異邦人に正義を知らせる」とあります。主イエスによってもたらされる救いは、異邦人にまで及んでいくのです。ファリサイ派の人々は、律法を与えられ、それを守っているユダヤ人のみが救いにあずかるのであって、それ以外の異邦人は神の救いの外にある、と考えていました。そのように神の救いの及ぶ範囲を限定して、人を分け隔てしていたのです。そういう分け隔てはいろいろなことに及んでいきます。例えばここには片手の萎えた人がいる。そういう体に障がいを持っている人は神の民から除外されています。彼らがこの人を、主イエスを訴えるための材料としてしか見ていないというのはそういうことです。この人はファリサイ派の人々によって、異邦人扱いされている、神の民の一員として扱われていないのです。それに対して、主イエスの救いは、そのように、おしのけられ、仲間外れにされている人に及んでいくのであって、主イエスのもとに集められる新しい群れは、そのような人々をも包み込んでいくのだということを、このイザヤ書の言葉は示しているのです。

傷ついた葦を折らず
 また「正義を知らせる」とはどういうことでしょうか。イザヤ書の方ではここは、「彼は国々の裁きを導き出す」となっています。「正義」と訳されている言葉は「裁き」とも訳せるもので、むしろ「裁き」という意味で語られていることの方が多いのです。その裁きは勿論人間の裁きではなくて、神による裁きです。神が私たち人間をお裁きになって、有罪か無罪かを明らかになさるのです。その神の裁きが、主イエスによってなされる、とこの引用は語っています。主イエスはその裁きをどのようにして行われるのでしょうか。それが19節以下に語られています。「彼は争わず、叫ばず、その声を聞く者は大通りにはいない」。主イエスの裁きは、声高に論争して、相手を力で屈服させ、ぐうの音も出ないようにする、という仕方でなされるのではないのです。そうではなくて、「正義を勝利に導くまで、彼は傷ついた葦を折らず、くすぶる灯心を消さない」。この正義も18節と同じ「裁き」です。主イエスの裁きは最終的に勝利するのです。主イエスが世の終りに、まことの裁き手としてもう一度この世に来られる時に、その裁きは勝利するのです。しかしその最終的な勝利へと向かう主イエスの歩みは、「傷ついた葦を折らず、くすぶる灯心を消さない」歩みです。それはどちらも、傷つき、弱り、衰えて力を失っている者を、大切に養い、守り、導き、育てて下さる慈しみを語っている言葉です。その慈しみのみ心によって、主イエスは、最後の勝利へと歩んでいかれるのです。主イエスが、穴に落ちた羊を安息日であっても引き上げてやるのが当然ではないかとおっしゃったのも、片手の萎えた人を、自分を訴えようとてぐすね引いて待っている人たちの目の前で、癒されたのも、この慈しみのみ心によってです。その結果主イエスは十字架の死への道を歩むことになります。争わず、叫ばず、傷ついた葦を折らず、くすぶる灯心を消さないというのは、自分が代って苦しみを受け、傷を受けつつ相手を赦すことであり、自分の身を盾にして傷ついた者、弱い者を守るということです。主イエス・キリストの十字架の死は、主イエスが傷ついた葦を折らず、くすぶる灯心を消さずに歩んで下さったことの結果なのです。主イエスによる神の裁きはこのようにしてなされています。私たちは、神の裁きにおいて、有罪の判決を受け、滅ぼされるしかない者です。ですから私たちは、傷ついた葦どころではない、もう完全に折れてしまった葦の棒のようなものです。くすぶる灯心どころか、完全に火が消えてしまったランプのようなものです。けれどもそのような私たちのために、主イエス・キリストは、私たちの罪を全て背負って十字架にかかって死んで下さったのです。それによって私たちの罪を赦し、私たちに無罪の判決を与えて下さったのです。このように主イエスはご自分の身を盾にして、傷ついた、弱い私たちを、守り、導き、養い、育てて下さるのです。この慈しみのみ心こそ、主イエスのもとに集められる新しい群れの基本構想です。それゆえに、21節にあるように、「異邦人は彼の名に望みをかける」のです。おまえなんか神の民の仲間ではないと言われて分け隔てされ、仲間外れにされている者も、あるいは自分で自分のことを、「私は神の恵みを受けられるような者ではない」と決め付けて絶望してしまっている者も、全ての者が、主イエス・キリストのみ名に望みをかけることができるのです。その望みは、主イエスがご自分のもとに召し集め、救いの恵みにあずからせて下さる群れである教会に連なる者となる望みです。そしてそこで、私たちの正しさによるのではなく、神の慈しみによって与えられる真実の安息にあずかる望みです。その望みを確かなものとするために、主は聖餐を備えて下さいました。これからあずかる聖餐は、「傷ついた葦を折らず、くすぶる灯心を消さない」方である主イエスが、私たちを招いて与えて下さる真実の安息のしるしなのです。

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