「復活の光の中で走る」 牧師 藤掛順一
・ 旧約聖書:詩編 第16編10-11節
・ 新約聖書:ヨハネによる福音書 第20章1-10節
・ 讃美歌:51、492
イースターの朝の出来事
ヨハネによる福音書の第20章に入ります。主イエス・キリストの復活を語っている章です。その20章はこのように始まっています。「週の初めの日、朝早く、まだ暗いうちに、マグダラのマリアは墓に行った。そして、墓から石が取りのけてあるのを見た」。主イエスは金曜日の午後に十字架の上で死なれました。ユダヤの暦では日没から一日が始まりますから、日が暮れたら土曜日つまり安息日となります。なので主イエスの遺体は日没前に墓に葬られました。そして安息日を経て次の日没からは週の初めの日つまり日曜日となります。その日の夜明けのまだ暗いうちに、マグダラのマリアが主イエスの墓に行ったのです。彼女は、主イエスの十字架の死の時、その真下にいた人たちの一人でした。他の福音書では、週の初めの日の夜明けに主イエスの墓に行ったのは何人かの女性たちだったと語られていますが、ヨハネ福音書においてはマグダラのマリア一人となっています。それは、この後の11節以下で、彼女が墓の前で復活した主イエスと一対一で出会ったという話の備えとなっているのです。
彼女は何のために主イエスの墓に行ったのでしょうか。先週お話ししましたが、他の福音書では、主イエスの遺体に香料を添えて丁寧に埋葬をし直すために、何人かの女性たちが墓に行ったと語られています。しかしヨハネにおいては、既に金曜日のうちに丁寧な埋葬がなされていますから、その必要はないのです。彼女が墓に行ったのは、何かをするためではなくて、ただ主イエスの近くにいたかったからでしょう。彼女は主イエスを深く愛し、慕っていました。だからその葬られた墓の傍におりたかった、そこで涙を流しつつ、主イエスの思い出に浸りたかった、ヨハネの記述からするとそういうことになるでしょう。
しかし墓に行ってみると、その入り口に置かれていた大きな石が取りのけてありました。石が取りのけてあるのを見た、とだけ語られていますが、勿論彼女は、墓の中を覗いて、主イエスの遺体がないことを見たのです。それで彼女は、シモン・ペトロと、イエスが愛しておっれたもう一人の弟子のところへ走って行って、「主が墓から取り去られました。どこに置かれているのか、わたしたちには分かりません」と告げたのです。それを聞いたこの二人の弟子も、主イエスの墓へ走って行きました。彼らが墓に入って見ると、そこには、埋葬の時に遺体を包んだ亜麻布が残されていただけでした。これが、本日の箇所に語られている、主イエスの復活の日、イースターの日の出来事の始まりです。葬られたはずの墓から主イエスの遺体が無くなった。そのことを、三人の人たちが見たのです。このことを見たあるいは聞いたこの三人は、走り出した、ということがここに語られています。マリアは、墓から二人の弟子たちのところへ「走って行った」のです。マリアの知らせを聞いた二人の弟子も、墓へと「走った」のです。「走る」という言葉が本日の箇所において目を引きます。
走り出した人々
マリアは主イエスの墓の前で静かに座っていようと思っていたのです。墓を塞いでいる石を取り除けることはできませんから、主イエスの遺体を見たり、触れたりすることはできません。でもその墓を見つめながら、悲しみに浸り、涙を流そうとしていたのです。そうすることによって、深い悲しみの中に、ある慰め、平安が得られる、涙が涸れるまで泣くことによって、主イエスを失った深い悲しみ、喪失感が次第に癒され、主イエスの死を受け入れてまた前に進んでいくことができるようになる。それは愛する者の死において私たちの誰もが体験することです。そういうことを彼女も心のどこかで求めていたのでしょう。ところが、墓は開かれており、主イエスの遺体が無くなっている。それを見た彼女の心は俄かに騒ぎ出しました。彼女は主イエスが復活したことが分かったわけではありません。それは彼女が二人の弟子たちに、「主が墓から取り去られました。どこに置かれているのか、わたしたちには分かりません」と言ったことから分かります。誰かが主イエスの遺体を奪い去り、どこかへ持って行ってしまった、と彼女は思ったのです。墓の前に一人で座り、主イエスの思い出に浸ることによって、ある意味で主イエスを独り占めして時を過ごせると思っていたのに、そういう悲しみの中にも平穏な時を奪われて、彼女は心乱され、走り出したのです。
彼女から知らせを聞いたシモン・ペトロともう一人の弟子も走り出しました。勿論それは彼女の知らせを一刻も早く自分の目で確かめたいと思ったということですが、彼らも、予想もしていなかった、理解できないことを聞かされて、戸惑い、心乱され、走り出したのです。
主イエスの復活は私たちを走り出させる
主イエスの復活の出来事はこのように、人の心をかき乱し、落ち着かなくさせ、走り出させます。主イエスが墓に葬られたままだったら、こんなことは起りません。マリアは墓の前で静かに泣くことによって、次第に慰めを得ていき、やがて主イエスの思い出を大切に抱きながら生きて行ったでしょう。シモン・ペトロは、主イエスを三度「知らない」と言ってしまった自分の罪を深く悔いながら、信仰の挫折を抱えながら、ガリラヤ湖での漁師の生活に戻って行ったでしょう。イエスが愛しておられた弟子も、自分を深く愛して下さった主イエスの死を深く嘆き悲しみつつ、そして主イエスに感謝しつつ、新しい人生へと歩み出して行ったでしょう。そして彼らにとって主イエスは次第に思い出の中の過去の人となっていったでしょう。しかし、主イエスの墓は空になり、もう主イエスは墓の中にいない、そのことは彼らの心をかき乱し、走り出させたのです。彼らが深い悲しみの中で、あるいは自分の罪に対する深い悔いの中で、これからは人知れず静かに生きて行こうと思っていた、その人生の見通しは打ち砕かれたのです。そして彼らは思わず走り出したのです。じっと座ってはいられなくなったのでしょう。何かにつき動かされるように彼らは走り出した。マリアは二人の弟子のところへ、二人の弟子は主イエスの墓に向かって走ったわけですが、走りながら彼らは、自分がなぜ走っているのか、どこへ向かって走っているのか分からない、と感じていたのではないでしょうか。主イエスの復活の出来事は、自分の考えや人生の見通しの中に静かに座り込もうとする私たちの心をかき乱し、混乱させ、走り出させるのです。何のために、どこを目指して走るのかを見定めて走り出すのではありません。私たちの考えや予想の及ばない、想定外のことを神がなさってているのですから、走り出してからどうなるのかなど、私たちには分からないのです。しかし走っていく中で、復活して生きておられる主イエスが私たちに出会って下さいます。その出会いによってこそ、何のために、どこを目指して走ればよいのかが示されるのです。そういうことが11節から後のところに語られていきます。本日の箇所は先ず、主イエスの復活の出来事によって彼らが走り出したことを語っているのです。
ペトロともう一人の弟子
本日の箇所には、走り出した二人の弟子として、シモン・ペトロと、イエスが愛しておられたもう一人の弟子が出て来ています。「イエスが愛しておられた弟子」は、最後の晩餐の場面から登場しており、しばしばシモン・ペトロと一緒に語られています。逮捕された主イエスがどうなるかを見届けるために大祭司の屋敷の中庭に入ったのもこの二人でした。ヨハネ福音書はしばしばこの二人を比べるような語り方をしています。本日の箇所もまさにそうです。マグダラのマリアからの知らせを受けたこの二人が主イエスの墓へと走り出しました。4節には「二人は一緒に走ったが、もう一人の弟子の方が、ペトロより速く走って、先に墓に着いた」とあります。別に競走をしているわけではないのですから、どちらが先に着いたかなどはどうでもよいことだとも思います。しかしヨハネは、もう一人の弟子の方がペトロより足が速くて先に着いたと語っているのです。そのように、もう一人の弟子とシモン・ペトロの優劣をつけるようなことがしばしば語られています。「イエスが愛しておられた弟子」という言い方にもそういうことが感じられます。主イエスは弟子たち皆を心から愛しておられました。決してこの弟子だけをえこひいきしておられたわけではありません。しかしヨハネはこの弟子のことを敢えて「イエスが愛しておられた弟子」と呼んでいるのです。
見ないで信じる信仰の先駆け
さらに重要なのは、本日の箇所の8節に、ペトロと共に主イエスの墓に入ったこの弟子が、「見て、信じた」と語られていることです。ここで「信じた」と言われているのはこの弟子だけです。ペトロは、先に主イエスの墓に入り、遺体がないこと、遺体を包んでいた亜麻布と頭を包んでいた覆いが別の所に置いてあることを「見た」とありますが、「信じた」とは語られていません。マグダラのマリアも同じことを見ましたが彼女も「信じた」とは言われていません。この弟子だけが「見て、信じた」と言われているのです。
ここには、ヨハネ福音書の大切なメッセージがあります。20章の29節には、復活した主イエスのこういうお言葉が語られています。「わたしを見たから信じたのか。見ないのに信じる人は、幸いである」。これは、主イエスの復活の知らせを他の弟子たちから聞いても信じなかったトマスに対して語られたお言葉ですが、ここには、「見ないで信じる者の幸い」が語られています。これがヨハネ福音書の大切なメッセージなのです。この福音書が書かれた紀元1世紀の終わり頃の信仰者たちは、弟子たちの証しを聞くことによって、この目で見たことのない主イエスを神の子、救い主と信じていました。そのような信仰者たちへの励ましをこの福音書は語っています。あなたがたは主イエスのお姿を直接見てはいない。しかし教会において語り伝えられている主イエスの証しを聞いて、見ないで信じている。そのあなたがたこそ幸いなのだ。というのがヨハネ福音書のメッセージです。その「見ないで信じる」信仰者の先駆けとして、イエスが愛しておられたこの弟子が位置づけられているのです。
いや彼は「見て、信じた」と言われているのであって、「見ないで信じた」のではない、と思うかもしれません。しかしイースターの日の朝、あの三人が見たのは、主イエスの墓が空であり、主イエスの遺体がない、ということでした。「見ないで信じる」というのは、復活した主イエスをこの目で見ることなしに信じる、ということです。ですからこの弟子が「見て、信じた」というのは、内容的には復活した主イエスのお姿を「見ないで信じた」ということです。彼は、見ないで信じる、幸いな人の第一号となったのです。
ヨハネとペトロ
この「イエスが愛しておられた弟子」こそ、この福音書を書いたヨハネであると言い伝えられています。このヨハネを指導者とする教会において、この福音書は書かれ、読まれたのです。この弟子がシモン・ペトロよりも優れていたようなことが語られているのは、ヨハネを指導者とする教会において、シモン・ペトロを指導者としている教会のことが意識されていたことの現れです。ペトロは最初から弟子の筆頭と目されており、ペトロの教えを受け継ぐ教会はこの当時既に教会の主流となっていました。ヨハネの教えを受け継ぐ教会はそういう意味では傍流だったのです。しかし自分たちの信仰の師であるヨハネは、主イエスに愛されていた弟子であり、見ないで信じる信仰の先駆けとなったのだ、というこの教会の自負のようなものがここには現れているのです。けれども、この教会は決して、ペトロの教えを受け継ぐ教会と対立していたわけではありません。本日の箇所にも、「イエスが愛しておられた弟子」がペトロより優れていたように語られていると同時に、この弟子がペトロを尊重し、弟子の筆頭と認めていることも示されています。より早く走って先に墓に着いたこの弟子は、墓の中を覗いただけで、中には入らず、ペトロの到着を待っていたのです。後から着いたペトロが先に墓に入り、彼はペトロに続いて入ったのです。そういうことがわざわざ語られているのは、この弟子がシモン・ペトロを弟子の第一人者として尊重していることを示すためです。この福音書を書いた人は、ペトロの教えを受け継ぐ教会を主流として認めつつ、「イエスが愛しておられた弟子」の教えに基づく別の角度から主イエスのご生涯を語っているのです。それが、他の三つの福音書とヨハネ福音書の関係です。ヨハネ福音書は独特の語り方をしており、他の福音書とは別の角度から主イエスのご生涯を描いていますが、それによって、四つの福音書全体から、主イエス・キリストのお姿が、その救いが、より生き生きと、立体的に浮かび上がっているのです。
主イエスの愛の中で信じる
ですから、イエスが愛しておられた弟子が、見ないで信じる信仰の先駆者となったというのも、ヨハネの教会の単なる自己主張や自慢話のように捉えてはなりません。この福音書を書いた人が自分のことを「イエスが愛しておられた弟子」と言っているのは、自慢をしているのではなくて、彼が、自分は主イエスから特別に愛されていると自覚しており、そのことを深く感謝している、ということです。そのように主イエスに深く愛されていたこの弟子は、復活した主イエスを見ないで信じる幸いな人の先駆けとなることができた、ということをこの福音書は語っているのです。つまり、「見ないで信じる」幸いな人になれるのは、そういう強い信仰を持とうと努力することによってではなくて、主イエスに愛されることによってこそなのです。ヨハネ福音書は、教会の人々に、つまり私たちに、「あなたがたも同じように主イエスに深く愛されている、そのことが分かればあなたがたも、見ないで信じる幸いな者となることができる」という励ましを語っているのです。
信じることと理解すること
しかしこの8節に続いて9節が語られています。「イエスは必ず死者の中から復活されることになっているという聖書の言葉を、二人はまだ理解していなかったのである」。イエスが愛しておられた弟子は「信じた」と言われていたのに、すぐそれに続いて、二人共、主イエスの復活を告げている聖書の言葉をまだ理解していなかったと語られている、それではあの「信じた」は何だったのか、と思うのです。ここには、「信じる」ことと「理解する」ことの関係が示されていると言えるでしょう。理解するとは、「イエスは必ず死者の中から復活されることになっているという聖書の言葉」が分かることです。つまり、例えば先ほど朗読された詩編16編10、11節などに、主イエスの復活が既に預言されていたことが分かること、主なる神の救いのみ心、ご計画の中に主イエスの十字架の死と復活が元々あり、それが実現したのだと分かることです。その神のみ心、ご計画を彼らはまだ理解していなかったのです。でもそれを「理解する」前に「信じる」ことは起るのです。理解できて初めて信じるのではありません。むしろ信じて歩む中でこそ理解することができるようになるのです。そういう順序がここに示されていると言えるでしょう。それは決して、信じさえすれば理解しなくてよい、ということではありません。二人は「まだ」理解していなかったとあります。この後彼らは理解するようになるのです。復活した主イエスとの出会いによってです。信じて歩み出した者は、復活して生きておられる主イエスと出会うことによって、聖書を、そこに語られている神の救いのみ心、ご計画を、理解するのです。要するに神の恵みのみ心が分かるようになり、それに信頼して、自分も神を愛して生きることができるようになるのです。
復活の光の中で走り出す
主イエスの墓が空であることを見たり聞いたりした彼らは走り出した、と先ほど申しました。彼らがじっと座っていることはできなくなり、思わず走り出したのは、主イエスに深く愛されていたことを感じていたからでしょう。その主イエスが、死んで葬られて墓の中にいると思っていたのに、いなくなった。それで彼らはじっとしていられなくなり、走り出したのです。それは彼らがある意味で「信じた」のだと言えると思います。あのもう一人の弟子だけではなくて、彼らは三人とも、イエスが愛しておられた人々であり、そのことを深く感じていたので、信じて走り出したのです。そして走っていく中で彼らは、復活した主イエスに出会ったのです。それによって、神の恵みのみ心が分かるようになったのです。何のために、どこへ向かって走ればよいのかが分かるようになったのです。信仰が理解を伴うものとなり、本当に信仰に生きることができるようになったのです。
最後の10節には「それから、この弟子たちは家に帰って行った」とあります。これも、彼らがまだ神のみ心、ご計画を理解できていないことを示しています。復活した主イエスとの出会いが与えられ、神の救いのご計画、そのみ心が理解できたなら、彼らは家に帰るのではなくて、出かけていくのです。主イエスの復活を証しする者として、世界へと遣わされていくのです。そのことはこの後語られていきます。イースターの日の朝に先ず起ったのは、主イエスに愛されていた三人の人たちが、復活の光の中で走り出した、ということでした。私たちも、主イエスの復活の光によって心動かされ、走り出すのです。それが信仰の始まりです。信じて走っていく中で、主イエス・キリストが出会って下さり、聖書が、神の救いのみ心が、神の愛が、分かっていくのです。