主日礼拝

キリストが形づくられるまで

「キリストが形づくられるまで」 伝道師 川嶋章弘

・ 旧約聖書:詩編 第51編12-14節
・ 新約聖書:ガラテヤの信徒への手紙 第4章12-20節
・ 讃美歌:2、523

途方に暮れても諦めない
 パウロがガラテヤの信徒への手紙を書いたとき、パウロとガラテヤの人たちの関係はどのようなものだったでしょうか。手紙の端々からうかがい知ることができますが、先ほど読まれた箇所の終わり20節でパウロはこのように記しています。「あなたがたのことで途方に暮れているからです。」パウロが途方に暮れるほど、両者の関係は悪くなってしまっていた、冷え切ってしまっていたのです。このことは、人間関係における好き嫌いによって起こったのではありません。両者の関係の悪化は、ガラテヤの人たちが、パウロが告げ知らせた福音から離れようとしたことによって起こったのです。パウロは、この手紙でガラテヤの人たちに信仰についてどのように伝えたら良いか悩みに悩んでいたのではないでしょうか。言葉を重ねても相手の心に届かないように思えたのです。「できることなら、わたしは今あなたがたのもとに居合わせ、語調を変えて話したい」とも語っています。ガラテヤの人たちと顔と顔を合わせて話したい、とパウロは願っていたのです。一方通行の手紙とは異なり、相手の顔を見て話せば、相手の反応や表情を見ることができ自然と話し方も変わってきます。信仰の危機の中にあるガラテヤの教会に行ってガラテヤの人たちと直接語り合い、冷え切ってしまった関係をもとに戻したい、というパウロの強い気持ちが表れているのです。
 「できることなら」、つまり神さまのみ心ならば、パウロはガラテヤの人たちのところに行きたかったはずです。しかしそれは現実には難しいことでした。冷え切ってしまった関係の中で、直接会いにいくことができない状況の中で、パウロはこの手紙を書いたのです。本日の聖書箇所の冒頭12節でパウロはガラテヤの人たちに「わたしもあなたがたのようになったのですから、あなたがたもわたしのようになってください。兄弟たち、お願いします」と懇願しています。関係が冷え切ってしまった人たちに向かって、「兄弟たち」となお神の家族として呼びかけているのです。パウロは彼らのことを諦めていません。直接関わりを持つことができず、手紙を通して間接的に関わるしかできないとしても諦めるわけにはいかなかったのです。なぜならほかならぬ神さまが彼らを諦めないからです。彼らが福音から離れようとしていることを見過ごされないからです。この神さまのみ心にパウロは仕えました。

わたしのようになりなさい
 12節の前半は、原文の順序では「あなたがたもわたしのようになってください」が最初に来て、その後に「わたしもあなたがたのようになったのですから」と続きます。まずパウロは、ガラテヤの人たちが自分のようになることを命じているのです。パウロのようになるというのは、性格を真似ることでも身なりや振る舞いを真似ることでもありません。そうではなく、世を支配する諸々の力の奴隷に戻るのではなく、パウロと同じように、キリストの十字架による救いによってキリストと結ばれ、神の子とされていることに固くとどまり続けなさいということです。言い換えるならば、自分の行いを頼りとするのではなく、神の恵みだけを頼りとして、神の子として生きなさいということなのです。パウロは、ガラテヤの人たちにそのように願う理由として、自分も「あなたがたのようになったから」と言っています。ここでも性格や身なりや振る舞いを真似たことが言われいてるのではありません。コリントの信徒への手紙一9章21節に「律法を持たない人に対しては、律法を持たない人のようになりました。律法を持たない人を得るためです」とあります。律法を持たない人に対して律法を持たない人のようになることが、ガラテヤの人たちのようになったということです。そしてそれは、彼らが十字架による救いに与り神の子とされるためにほかなりません。そのようにして神の子とされたのだから神の子として生き続けなさい、とパウロは言っているのです。

肉体の弱さのために
 続く12節後半には「あなたがたは、わたしに何一つ不当な仕打ちをしませんでした」とあります。12節の前半と後半の結びつきがスムーズでないように思えるのは、前半が今のパウロとガラテヤの人たちの関係を見つめていて、後半が過去の関係を振り返っているからです。12節後半から16節まで、パウロは、自分が最初にガラテヤの人たちに福音を告げ知らせたときのことを語っています。両者の関係は、今は冷え切ってしまっているけれど、かつてパウロが初めてガラテヤを訪れたときはそうではありませんでした。ガラテヤの諸教会が誕生したのは、いわゆる「パウロの第二伝道旅行」においてであったと考えられています。使徒言行録15章36節以下に第二伝道旅行について記されていますが、16章6節には「さて、彼らはアジア州で御言葉を語ることを聖霊から禁じられたので、フリギア・ガラテヤ地方を通って行った」とあります。要するに、なんらかの理由によってアジア州で伝道ができなくなり、フリギア・ガラテヤ地方に行ったということです。使徒言行録の著者ルカは、このことを後から振り返り、聖霊の働きによる出来事として受けとめました。なんらかの理由によってガラテヤ地方に行くことになったパウロは、そこでガラテヤの人たちに伝道しました。そしてガラテヤの諸教会が誕生したのです。パウロにとって、この出来事は想定外であったに違いありません。このような事態が起こった理由について、使徒言行録は触れていませんが、本日の箇所の13節でパウロはこのように言っています。「知ってのとおり、この前わたしは、体が弱くなったことがきっかけで、あなたがたに福音を告げ知らせました。」「体が弱くなったことがきっかけで」は、直訳すると「肉体の弱さのゆえに」となり、「肉体の弱さ」は病気を意味します。使徒言行録16章6節が伝えていることと併せて考えるならば、パウロはアジア州での伝道を計画していたけれど、病気のために計画を変更せざるを得なくなり、ガラテヤ地方に向かい、そこにしばらく滞在して療養したのではないでしょうか。パウロがどのような病気であったか確かなことは分かりません。本日の箇所の15節に「あなたがたは、できることなら、自分の目をえぐり出してもわたしに与えようとした」とあるので、目の病気と考えられることもありますが推測の域を出ません。いずれにしろパウロは、病気のためにアジア州でみ言葉を語ることが出来なくなったのです。伝道者にとって、み言葉を語れないことほど大きな危機はありません。神さまから与えられた使命を果たせない無力感の中で、また病気によって体が弱り衰えている中で、先行きの見えない不安を感じつつパウロはガラテヤに向かったのです。しかしこのことが、ガラテヤの人たちに福音を告げ知らせる道を切り開くことになりました。病気のためにパウロは歩む道を変更しなくてはなりませんでしたが、その歩みの先に救いを求めている人たちがいたのです。もしパウロが病気にならず計画通り伝道旅行を続けていたら、このときガラテヤの人たちに福音が届くことはなかったはずです。神さまはパウロの病気をも用いて救いのみ業を進められたのです。

弱さを用いる神
 パウロが病気を「肉体の弱さ」と言い表しているように、病気とは弱さを抱えることです。私たちは病気に限らずあらゆる弱さを抱えたくないし、抱えたとしてもできるだけ隠したいと思います。弱さを見せたら、どのように思われるか分からないという不安があるからです。私たちが日々生きている社会においては、強さにこそ価値があると思われていて、弱さが積極的に受け入れられることはありません。病気を抱えること、あるいは弱さを抱えることによって、私たちは生きづらさを感じるし、自分の人生が妨げられているように思えるのです。しかし神さまは、弱さをこそ用いられます。私たちが抱えたくない、抱えたとしても隠したい弱さを神さまは救いのみ業の前進のために用いられるのです。それは、弱さは視点を変えてみれば強さでもあるのだから頑張りなさい、というような生き方のコツではありません。頑張っても努力してもどうにもならない弱さを私たちは抱えています。私たちの救いは、主イエス・キリストの十字架の死という弱さの極みで実現しました。キリストは力や強さによって救いを実現したのではありません。弱さに苦しみもだえている罪人である私たちのところまで来てくださり、私たちの弱さを担ってくださったのです。キリストは、私たちの弱さを知り尽くしてくださり、受け入れてくださり、共に苦しんでいてくださるのです。私たちの弱さと共にキリストがおられ、その弱さにおいてキリストが働かれます。神さまは、そのようにして弱さを抱えている私たちを用いられるのです。

十字架による救いが築く交わり
 病気を抱えながら福音を告げ知らせたパウロに対して、ガラテヤの人たちはどのように接したのでしょうか。14節でパウロは「わたしの身には、あなたがたにとって試練ともなるようなことがあったのに、さげすんだり、忌み嫌ったりせず、かえって、わたしを神の使いであるかのように、また、キリスト・イエスででもあるかのように、受け入れてくれました」と語っています。パウロは、自分の病気はガラテヤの人たちにとって「試練」であったと言っています。この言葉は、聖書協会共同訳では「つまずき」と訳されています。彼らにとってパウロの病気が「試練」であり「つまずき」であったのは、この病気が、パウロと彼が告げ知らせた福音に対する拒絶を引き起こしかねなかったからです。病気つまり弱さを抱えている伝道者は信用できない、そのような人の語る言葉は信じられないと思われても仕方がなかったのです。古代の社会において病気は悪霊の働きによると考えられていました。だから病気を抱えている人を受け入れることは「試練」であり「つまずき」なのです。しかしガラテヤの人たちは、病気を抱えていたパウロを受け入れました。さげすまれたり、忌み嫌われたりしてもおかしくなかったパウロを「神の使いであるかのように」「キリスト・イエスででもあるかのように」受け入れたのです。このことは、病気を抱えてはいたけれど、パウロが明るく朗らかな親しみやすい人物だったので、ガラテヤの人たちは受け入れることができた、ということではありません。人当たりが良いフレンドリーな伝道者は、少々難ありでも受け入れられるというようなことが言われているのではないし、パウロも自分はガラテヤの人たちに受けが良かったと言っているのではありません。そうではなく、パウロが告げ知らせた福音が、病気を抱えている人を受け入れる交わり、弱さを抱えている人を受け入れる交わりを生み出したのです。自分の行いによってではなく、キリストの十字架によって救われるという福音が告げ知らされるところには、必ず弱さを受け入れ合う交わりが生まれます。神さまの一方的な恵みによって救われたと信じるならば、自分の力を誇り合うのではなく、互いの弱さを担い合う共同体が形づくられるのです。しかし自分の行いによって救いを獲得しようとするところには、互いの行いを比べ合い、競い合い、裁き合う交わりしか生まれません。キリストがこの私の弱さを知り、受け入れ、共に苦しんでくださっているからこそ、キリストに結ばれた私たちも、隣人と関わり、その弱さを受け入れ、共に苦しむ者とされます。ガラテヤの人たちはパウロを「キリスト・イエスででもあるかのように」受け入れたと言われていました。ここで私たちはイエスさまのみ言葉を想い起こすのではないでしょうか。飢えていた人に食べ物を、のどが渇いていた人に飲み物を与え、旅をしていた人に宿を貸し、裸の人に服を着せ、病気の人を見舞い、牢にいた人を訪ねる。これらのことをイエスさまは「わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである」(マタイ25・40)と言われました。教会は、隣人を「キリスト・イエスででもあるかのように」受け入れ合う共同体です。もちろん私たちは救われてもなお罪人であり続け、交わりにおいて互いに傷つけ合うこともしばしばです。けれども、そのような私たち一人ひとりがキリストと結ばれ神の子とされることによって、互いに受け入れ合い、赦し合い、仕え合う。教会とは、そのような交わりが築かれるところなのです。

幸福を味わう
 互いの弱さを受け入れ合うことは、クリスチャンならそうしなくてはならないという義務感から行うことでも、あるいは我慢して行う苦行でもありません。確かに弱さを担い合うとき、苦しみや悲しみを伴うことは少なくありません。しかし私たちはこの交わりにおいて、根本的に喜びと幸せを与えられるのです。だからパウロは15節で「あなたがたが味わっていた幸福は、いったいどこへ行ってしまったのか」と言っているのです。ガラテヤの人たちは、弱さを受け入れ担い合う交わりにおいて幸福を味わっていたのです。その幸福は、「自分の目をえぐり出しても」パウロに与えようとするほどのものでした。目をえぐり出して与えるというのは、自分の最も大切なものを喜んで相手にささげることを意味します。大切なものを握りしめ誰にも渡さないことが幸せなのではありません。本当の幸せは、自分の大切なものを喜んで相手に差し出すことにおいて味わうことができるのです。それぞれが大切なものを自分だけで握りしめているならば、その交わりは開かれていかないし豊かになりません。互いに与え分かち合うことによってこそ、その交わりは形だけの交わりではなく、神の子とされた者たちの交わりになるのです。

なんのための熱心さなのか
 このように、かつてパウロが初めてガラテヤを訪れたとき、パウロとガラテヤの人たちの関係は、弱さを受け入れ担い合う関係であり、その関係において本当の幸せを味わうことができました。しかしパウロがガラテヤを去った後に、ガラテヤの諸教会にやって来た人たちによって、彼らが信仰のみによる救いから離れ、信仰と行いによる救いへと乗り換えようとしたために、その関係は壊れてしまったのです。ガラテヤの人たちは、行いという人間の力や強さによる救いを断固として拒むパウロを敵と見なすようになりました。16節の「すると、わたしは、真理を語ったために、あなたがたの敵となったのですか」というパウロの言葉は、彼らの態度が変わってしまったことへの悲しみに満ちた非難の言葉なのです。
 ガラテヤにやって来た人たちは熱心でした。救われるためには信仰だけでは十分ではなく行いも必要だと熱心に教えていたのです。しかしパウロは17節でこのように言っています。「あの者たちがあなたがたに対して熱心になるのは、善意からではありません。かえって、自分たちに対して熱心にならせようとして、あなたがたを引き離したいのです。」「善意からではない」というのは、「正しい目的のためではない」と捉えるのが良いと思います。つまり彼らは間違った目的のために熱心だったのです。パウロは、熱心であることそのものを否定しているのではありません。「善意から」つまり「正しい目的のために」熱心に慕われるのは良いことだ、と18節で言っています。大切なことは、正しい目的のためなのか、それとも間違った目的のためなのかです。ガラテヤにやって来た人たちは、ガラテヤの人たちの注目を自分たちに集め、そのことによって彼らをキリストの体なる教会から引き離そうとするために熱心でした。その熱心さは、ガラテヤの人たちのためではなく自分たちのためなのです。それに対して、かつても今もパウロの熱心さは、自分のためではなくガラテヤの人たちの救いのためであり、なによりも神さまに栄光を帰するためです。私たちもまた自分の熱心さがどこから来ているのか絶えず気を配らなくてはなりません。神さまと隣人とに仕えるために熱心であったつもりが、実は自分のために熱心になっていたということが起こるのです。ガラテヤに来た人たちの熱心さは、教会を破壊しようとしていました。誤った信仰は共同体を壊します。キリストが私たちの弱さを知り、受け入れ、共に苦しんでくださっていることを見失うとき、私たちの交わりは互いに弱さを受け入れ合うのではなく、互いに自分のための熱心さを押しつけ合う交わりになるのです。

キリストが形づくられるまで
 かつて、行いによらない信仰によって生み出されたガラテヤの教会は、今やその信仰が失われようとしている危機の中にあります。行いによらない信仰によって形づくられた互いに弱さを担い合う共同体も壊れ、福音を告げ知らせたパウロは敵と見なされています。それでもパウロは語りかけます。「わたしの子供たち、キリストがあなたがたの内に形づくられるまで、わたしは、もう一度あなたがたを産もうと苦しんでいます。」パウロは、彼らの信仰がもう一度新たにされるための産みの苦しみを味わっているのです。「キリストがあなたがたの内に形づくられる」とは、信仰者一人ひとりの内にキリストが形づくられることだけではありません。信仰者の交わりの中にキリストが形づくられることでもあります。この手紙の2章20節で語られていた「生きているのは、もはやわたしではありません。キリストがわたしの内に生きておられるのです」という信仰が、彼らの内にもう一度形づくられなければならないし、その信仰の再生によって、互いに弱さを受け入れ合う共同体がもう一度形づくられなければならないのです。その共同体においてだけ本当の幸せを味わうことができます。このパウロの産みの苦しみは、キリストの苦しみに連なる苦しみです。なによりもキリストが苦しんでおられるのです。ガラテヤの人たちのためだけではありません。私たちのためです。私たちにも信仰の再生が必要なのです。キリストが私たちの内に形づくられる、そのことは終わりの日に完成します。そのときまで私たちは、私たち一人ひとりの中に、そして私たちの交わりの中にキリストが形づくられていく道を歩んでいくのです。信仰が揺らぐときがあります。交わりが壊れてしまうことがあります。間違った目的のために熱心になってしまうことがあります。そのようなときキリストが私たちのために呻き苦しんでいてくださるのです。キリストが、私たちの信仰をもう一度新たにしてくださり、その信仰の再生によって互いの弱さを受け入れ合う共同体をもう一度形づくってくださるのです。

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