夕礼拝

生ける神に立ち帰る

説 教 「生ける神に立ち帰る」副牧師 川嶋章弘
旧 約 イザヤ書第46章1-4節
新 約 使徒言行録第14章1-18節

イコニオンとリストラ
 使徒言行録を読み進めて第14章に入ります。13章から始まった、いわゆる「パウロの第一次伝道旅行」の続きが語られています。前回は、ピシディア州のアンティオキアのユダヤ人会堂でパウロが語った説教に対する人々の反応を見ました。ユダヤ人が福音を拒んだのに対して、多くの異邦人は福音を信じ、信仰に入った、つまりキリスト者となったのです。ところがユダヤ人に唆された者たちが、パウロとバルナバを迫害し、アンティオキアの地方から二人を追い出しました。そこで二人はイコニオンに向かったのです。

 本日は、イコニオンとリストラにおける伝道を読み進めます。イコニオンとリストラはわずか40キロメートルほどしか離れていない隣り合う町です。そのため私たちは、イコニオンとリストラが、同じ地方にある似たような町だという印象を抱きがちです。確かにどちらもローマの行政区画としては属州ガラテヤに属しました。しかし実は、イコニオンとリストラでは、文化も住んでいる人々もまったく異なっていました。ですから本日の箇所は、二つのまったく異なる文化の町における伝道を語っているのです。ローマの行政区画というのは、古くからその土地に住む人々の民族や言語による伝統的な地方区分と必ずしも一致しませんでした。伝統的な地方区分においては、イコニオンとリストラの間にはむしろ境界線がありました。一方のイコニオンは、フリギア地方の東端にあり、文化的にはギリシア化が進んでいて、住民はギリシア語ないしフリギア語を話していました。交通の要所にある豊かな商業都市で、ローマ帝国の退役軍人を住まわせる植民都市でもあり、また大きなユダヤ人共同体もありました。それに対してリストラは、リカオニア地方に属しました。町というより村で、土着の人たちはリカオニア部族と呼ばれ、独自のリカオニア語を用いていました。リカオニア地方は標高1000メートルほどの乾燥した広大な高原地帯で、水資源が限られていたため農耕には適さず、牧畜で生計を立てていました。リストラも紀元前6年にはローマの植民都市となっています。少数のユダヤ人はいたようですが、共同体を形成するほどではありませんでした。このようにイコニオンはギリシア化が進んだ商業都市であり、ユダヤ人共同体もありましたが、それに対してリストラは、リカオニア部族が暮らす素朴な町で、ユダヤ人共同体はありませんでした。わずか40キロメートルしか離れていませんが、その文化的背景は大きく異なっていたのです。6節に「リカオニア州の町であるリストラとデルベ、またその近くの地方に難を避けた」とあります。「リカオニア州」という行政区分はありませんから、「リカオニア地方」を意味しています。このように記すことで使徒言行録は、パウロたちが文化的に異なるリカオニア地方に入っていったことを明らかにしているのです。

アンティオキアと同じように
 これらのことを踏まえて、イコニオンでの伝道を見ていきます。冒頭1節に「イコニオンでも同じように、パウロとバルナバはユダヤ人の会堂に入って話をしたが、その結果、大勢のユダヤ人やギリシア人が信仰に入った」とあります。「同じように」とはピシディア州のアンティオキアと同じようにということです。イコニオンにはユダヤ人共同体がありましたから、当然会堂もありました。パウロとバルナバは、アンティオキアと同じように会堂で説教を語ったのです。その説教を聞いて、多くのユダヤ人やギリシア人がキリスト者となりました。しかし2節では、やはりアンティオキアと同じように、福音を信じようとしないユダヤ人がイコニオンの異邦人を唆して、兄弟たちに対して、つまりキリスト者たちに対して悪意を抱かせた、と語られています。ユダヤ人に唆された異邦人は、パウロとバルナバに対してはもちろんのこと、彼らの話を聞いて信仰に入ったユダヤ人やギリシア人に対しても悪意や敵意を抱いたのです。

「それでも」ではなく「それゆえに」
 しかしアンティオキアとの違いもあります。3節でこのように言われています。「それでも、二人はそこに長くとどまり、主に信頼して堂々と語った」。アンティオキアでは、ユダヤ人に唆された人たちによって、パウロたちはその地方から追い出されました。しかしイコニオンでは、悪意や敵意が向けられる中にあって、二人はそこに長く留まったのです。
 冒頭に「それでも」とあります。しかしこの言葉は、本来「それで」とか「それゆえ」と訳される言葉です。ただ「それゆえ」と訳すと、異邦人がキリスト者に対して悪意を抱いた、「それゆえ」パウロとバルナバはイコニオンに長く留まった、ということになり、一見、矛盾しているように思えます。悪意に晒されたから、そこに留まったというのは、私たちの感覚に合わないからです。だから聖書協会共同訳は「それでも」と訳したのでしょう。悪意に晒される中で、「それでも」二人は踏みとどまった、というのであればよく分かるからです。しかし原文に忠実に「それゆえ」と訳したほうがよい。キリスト者に対して悪意を抱く人が生まれた、「それゆえ」、二人はイコニオンに留まったのです。

反発されることに福音の力を見る
 なぜでしょうか。それは彼らが、キリストの福音を聞いて悪意を抱く人が生まれたことに、キリストの福音の力を見ていたからです。キリストの福音は私たちを本当に生かす力を持っています。この福音だけが私たちの罪を赦し、新たに生かすことができるのです。しかし福音は必ずしも私たちにとって聞き心地の良いものではありません。前回お話ししたように、私たちの誇りを打ち砕くものでもあります。福音は、私たちの持っているモノや力、頑張りや努力は、私たちの救いには何にも関係ないと告げているからです。だから福音が語られるとき、そこには反発が避けられません。むしろ反発し、敵意や悪意を抱く人が生まれることは、キリストの福音が力を持っていることの一つの証なのです。

 このことは私たちにとって大きな慰めではないでしょうか。私たちも色々な仕方で福音を人々に届け、主イエスを証ししようと、伝道の業に励んでいます。しかしそこで色々な反発に直面します。あからさまな敵意や悪意に直面することは少なくても、相手にされず無視されたり、胡散臭そうな目で見られたり、興味なさそうな顔を向けられたりします。自分を本当に生かしている福音を、つまり自分の一番大切な宝物を相手に伝えようとして、そのような反発に直面するとき、私たちはとても落ち込みます。落ち込んで当然です。しかし「それゆえに」、私たちは福音を語り続けるのです。私たちが伝えた福音を無視し、拒む人がいることこそ、キリストの福音が力を持っている証だからです。もちろんそれは相手にしつこく語り続ければよいということではありません。そうではなく自分の伝えた福音が無視され、拒まれ、それで落ち込んでも、福音を届けることをあきらめない、ということです。あきらめる必要なんてないし、落ち込んでも、落ち込んだままである必要なんてありません。反発が起こらないほうがおかしい。キリストの福音が力を持っているからこそ、反発が起こることは避けられないのです。

主ご自身がみ業を行い、恵みの言葉を証しする
 悪意と敵意の中にあってパウロとバルナバはイコニオンに長く留まり、主に信頼して「堂々と」「大胆に」恐れることなくキリストの福音を語り続けました。しかしそれは、彼らの強靭な精神力によることではありません。3節にこのようにあります。「二人はそこに長くとどまり、主に信頼して堂々と語った。主は彼らの手を通してしるしと不思議な業を行い、その恵みの言葉を証しされたのである」。パウロたちがしるしと不思議な業を行い、恵みの言葉を証しした、と言われているのではありません。主が、今も生きて働かれる主イエス御自身が、パウロたちを用いてみ業を行い、恵みの言葉を証ししてくださったのです。二人は今も生きて働かれる主イエスに信頼して、堂々とキリストの福音を語りつつ、イコニオンに長く留まりました。私たちも自分の力で、悪意や敵意を抱く人たちと立ち向かうのではありません。今も生きて働かれる主イエスが戦ってくださる。しかも敵意に対して敵意を返すのではなく、敵意に対して恵みの言葉を証ししてくださるのです。私たちがなすべきことは、その主イエスに信頼して、今、遣わされているところに留まり、福音を語り続けることなのです。

リストラへ
 4節には、パウロたちの伝道によって、イコニオンの町の人々が分裂し、「ある者はユダヤ人の側に、ある者は使徒の側に付いた」ことが語られています。キリストの福音は私たちに二者択一を迫ります。どっちつかずではいられません。福音を受け入れるか、それとも拒むのか、そのいずれかなのです。福音を拒んだ「異邦人とユダヤ人が、指導者と一緒になって」、パウロとバルナバを辱め、石を投げつけようとしました。それに気づいた二人は、伝統的な地方区分の境界を越えて、イコニオンとは文化的背景が大きく異なるリストラへと向かったのです。

生まれつき足の不自由な人を癒やす
 リストラでの伝道は、イコニオンでの伝道とはかなり趣が異なります。リストラではパウロたちはユダヤ人の会堂で説教を語っていません。それはリストラにはユダヤ人が少なく、会堂がなかったためです。おそらくパウロたちはリストラの村の屋外で福音を告げ知らせました。そこに「足の不自由な男が座って」いました。彼は「生まれつき足が悪く、まだ一度も歩いたことが」ありませんでした。当時、このような障がいを持っている人が生計を得るためには、施しを受けるしかありませんでした。ですからこの人は、パウロたちが来る前から、そこに座って施しを受けていたのです。ところがパウロがそこにやって来て話し始めたので、この人はその話に耳を傾けました。もちろんパウロが話したのは、主イエス・キリストの十字架と復活による救い、つまりキリストの福音です。より正確に言えば、パウロを用いて、今も生きて働かれる主イエスご自身がこの人に「恵みの言葉」を証ししてくださったのです。その福音が、恵みの言葉がこの人に信仰を与えました。9節の後半に「パウロは彼を見つめ、癒やされるのにふさわしい信仰があるのを認め」とありますが、それはこの人が自分の力で「癒やされるのにふさわしい信仰」を獲得したということではありません。福音がこの人に「癒やされるのにふさわしい信仰」を、主イエスの十字架と復活による救いが、ほかならぬ自分の罪のためであったと信じる信仰を与えたのです。その信仰を認めたパウロは「自分の足でまっすぐに立ちなさい」と大声で言いました。するとこの人は、「踊り上がって歩きだし」ました。3節で、「主は彼らの手を通してしるしと不思議な業を行い」と言われていましたが、まさにリストラで主はパウロの手を通して癒しのみ業を行ってくださったのです。

土着の人たちの反応
 しかしリストラ伝道で注目すべきは、むしろこのみ業を目の当たりにした群衆の反応です。11節にこのようにあります。「群衆はパウロの行ったことを見て声を張り上げ、リカオニアの方言で、『神々が人間の姿をとって、私たちのところに降りて来られた』と言った」。パウロの行ったことを見て声を張り上げた群衆は、ローマから来た退役軍人ではなく、リカオニア語を話す、リカオニア地方土着の人たちでした。パウロはギリシア語で話していたはずですから、この人たちは、ある程度ギリシア語が使えたのでしょう。しかし日常生活においては、特に土着の人たちとの会話ではリカオニア語を使っていたのです。そのリカオニア語で、「神々が人間の姿をとって、私たちのところに降りて来られた」と叫ぶと、この人たちはバルナバを「ゼウス」と呼び、パウロを「ヘルメス」と呼びました。「ゼウス」はギリシア神話における最高神で、「ヘルメス」は、ゼウスの子で神々の使いです。それだけでなく、「町の外にあったゼウスの神殿の祭司が、家の門の所まで雄牛数頭と花輪を運んで来て、群衆と一緒になって」、パウロとバルナバにいけにえを献げようとしたのです。パウロとバルナバは、ことここに至って、ようやく事態が飲み込めました。二人はリカオニア語が分からなかったので、祭司が雄牛と花輪を持って来るまで、何が起こっているのかよく分からなかったのです。しかし今や、リストラの土着の人たちが、パウロとバルナバを神と見なし、いけにえを献げようとしていたことに気づきました。それで二人は「衣を引き裂いて、群衆の中に飛び込んで行き、叫ん」だのです。

神話の影響
 リストラの人たちがこのようなことをしたのは、リカオニア地方に伝わっていたある神話の影響があります。このような神話です。「ゼウスとヘルメスが人間に姿を変えてリストラからほど近い村を訪ねました。村の人たちは誰も二人の相手をしませんでしたが、ある老夫婦だけが二人を神々とは気づかずに手厚くもてなしました。そのため神々は村を洪水で滅ぼしましたが、老夫婦だけは助けて大きな報いを与えたのです」。この神話を知っていたリストラの人たちは、神話と同じように、ゼウスとヘルメスが人間に姿を変えて自分たちを訪ねたと信じ、バルナバとパウロを神と見なして、いえにえを献げ、手厚くもてなそうとしたのです。

生ける神に立ち帰る
 それに対してパウロたちはこのように語りました。「皆さん、なぜ、こんなことをするのですか。私たちも、あなたがたと同じ人間にすぎません。あなたがたが、このような偶像を離れて、生ける神に立ち帰るように、私たちは福音を告げ知らせているのです」。「偶像」と訳されていますが、「空しいもの(こと)」という意味の言葉です。リストラの人たちは像を造ったのでも、像を運んできたのでもありません。像の問題ではない。人間を神と見なし、「雄牛」を運んで来て、「花輪」を飾り、そして「いけにえを献げようと」しました。パウロたちはそのような迷信的な「空しいこと」から離れて、生ける神に立ち帰るよう語ったのです。

被造物であることの分を弁えて生きる
 生ける神に立ち帰るとは、何を意味しているのでしょうか。15節の後半でこのように語られています。「この神こそ、天と地と海と、そこにあるすべてのものを造られた方です」。神はこの世界とそこにあるすべてのものを造られた創造主です。それは裏返せば、この世界とそこにあるすべてのものは神によって造られたもの、被造物である、ということです。このことは、創造主と被造物の間には越えられない隔たり、断絶があり、決して被造物が神になることはない、ということでもあります。しかしリストラの人たちは、人間であるパウロとバルナバを神としようとしました。彼らにとって、神々と人間の隔たりは曖昧なものであったからです。そしてそれは、日本の社会に通じるところがあります。日本の社会においても、人間が神になることがあり、モノですら神になることがあります。しかしそれは「空しいこと」です。人やモノが神となることこそが、聖書の語る罪だからです。ですから「空しいこと」から離れて、生ける神に立ち帰るとは、私たちが被造物であることの分を弁えて、神様のもとで生きることです。そのように生きるときにこそ、私たちは、神様に造られたものとして、神様と共に、神様と交わりを持って歩むことができるのです。

善いことを行ってくださる神
 しかし生ける神に立ち帰るとは、それだけを意味しているのではありません。16、17節でこのように言われています。「神は過ぎ去った時代には、すべての民族が思い思いの道を行くままにしておかれました。しかし、神はご自分のことを証ししないでおられたわけではありません。恵みをくださり、天から雨を降らせて実りの季節を与え、あなたがたの心を食物と喜びとで満たしてくださっているのです」。色々なことが言われていますが、その中心は、神様が恵みをくださる方だということです。「恵みをくださる」は、直訳すれば「善いことを行う」となります。神様は善いことを行ってくださる方であり、私たちに実りを与え、私たちの心を養い、喜びで満たしてくださる方だと言われているのです。

 神様が善いことを行ってくださるのは、私たちが神様を手厚くもてなした見返りではありません。リストラの人たちがあの神話を信じていたことは、彼らが神々に対する不安と恐れにとらわれていたことを示しています。人間に姿を変えた神々を相手にしなかった人たちが洪水で滅ぼされたように、神々を手厚くもてなさなければ、その機嫌を損ねてしまったら、神々から恐ろしい目に遭わせられる、という不安と恐れに駆られていたのです。日本の社会も、自覚的ではなくても、同じような不安と恐れに駆られています。だから「神のたたり」を恐れたりするのです。しかし私たちが信じる神様は、恵みをくださる神、善いことを行ってくださる神です。生ける神に立ち帰るとは、生ける神が善いことを行ってくださると信じて生きることなのです。

神が私たちを担い、背負ってくださる
 しかし生ける神が善いことを行ってくださると信じて生きるとは、私たちが苦しみや悲しみのないハッピーな人生を送る、ということではありません。私たちの人生には多くの苦しみや悲しみがあり、また病や災害や戦争などの不条理な苦しみに溢れています。そのような現実にあって、神様が善いことを行ってくださると信じて生きるとは、何を意味しているのでしょうか。共にイザヤ書46章1~4節を朗読しました。そこでは1、2節で偶像について語られ、それと対比して、3、4節では主なる神について、生ける神について語られています。そして4節でこのように言われています。「あなたがたが年老いるまで、私は神。あなたがたが白髪になるまで、私は背負う。私が造った。私が担おう。私が背負って、救い出そう」。神が善いことを行ってくださると信じて生きるとは、このことを信じて生きることです。私たちをお造りくださり、命を与えてくださった神様が、私たちが年老いるまで、白髪になるまで、私たちを担い、背負ってくださるのです。苦しみや悲しみのない人生なら、神様に担っていただく必要も、背負っていただく必要もないでしょう。しかし私たちの人生には、自分の力では歩くことができなくなるような、不条理な苦しみの現実があります。しかしその現実の中で、歩くことができずにいる私たちを、神様が担い、背負ってくださり、その苦しみから救い出してくださるのです。

 そしてこのことは、神様がその独り子イエス・キリストを遣わしてくださり、十字架につけて殺し、その死から復活させたことによって実現しました。私たちはこの御子キリストの十字架と復活による救いにあずかることによって神様のものとされたからです。だから生きているときも、死ぬときも、そして死んだ後も、生ける神様は私たちを担い、背負い、そして終わりの日の救いの完成へと至らせてくださるのです。パウロは、「生ける神に立ち帰るように、私たちは福音を告げ知らせている」と言いました。主イエス・キリストの十字架と復活による救いを、キリストの福音を信じ、受け入れることによってこそ、私たちは生ける神に立ち帰ります。生ける神が善いことを行ってくださり、いついかなるときも私たちを担い、背負い、救い出してくださることを信じて歩むことができるのです。

立って、歩き出す
 私たちは生まれつき足の不自由の人ではないかもしれません。しかし私たちも不条理な苦しみの現実の中で、うずくまり立ち上がれないことがあります。また自分の伝えた福音が無視され、拒まれる中で、深く落ち込んでしまうこともあります。しかしそのような私たちを、神様は独り子を十字架につけるほどの愛をもって担い、背負ってくださり、その苦しみから救い出してくださいます。そのことを通して神様は私たちに「自分の足でまっすぐに立ちなさい」と語りかけてくださるのです。その語りかけにお応えして私たちは、再び、自分の足でまっすぐに立って、歩み出します。神様の愛によって心が喜びで満たされて、躍り上がって歩み出すのです。そのようにして歩み出し、遣わされた先で、私たちは、今も生きて働かれる主イエス・キリストに信頼して、あきらめることなくキリストの福音を届けていくのです。

関連記事

TOP