主日礼拝

近きにいます神

説教 「近きにいます神 」 副牧師 川嶋章弘
旧約聖書 申命記第4章7節
新約聖書 使徒言行録第17章16-34節

アテネでの伝道
 使徒言行録17章16節以下は、パウロの第2回伝道旅行におけるアテネでの伝道を語っています。アテネは古代ギリシアの代表的ポリス(都市国家)で、特に紀元前5世紀に政治的・文化的に最も繁栄しました。パウロの時代にはかつてのような政治的・経済的影響力はありませんでしたが、それでもアテネは、文化と哲学・教育の中心地として、大きな存在感を保っていました。そのアテネにおける伝道は、使徒言行録がこれまで語ってきたパウロの伝道の方法とは大きく異なっています。17節に、「それで、会堂ではユダヤ人や神を崇める人々と論じ、また、広場では居合わせた人々と毎日論じ合った」とあります。前半の、会堂でユダヤ人や神を崇める人々と論じた、というのは使徒言行録がこれまで繰り返し語ってきたパウロの基本的な伝道の方法です。前回読んだテサロニケやベレアでも、会堂で伝道していました。しかしアテネでは、会堂だけでなく、広場でも居合わせた人々と毎日論じ合ったのです。「広場」と訳された言葉「アゴラ」は、都市生活の中心地であり、集会や商取引、市民の交流、政治的な議論が行われる場所でした。パウロはそのような場所に足を踏み入れ、伝道したのです。

シラスとテモテを待っていた
 しかしパウロは、最初からそうするつもりであったわけではないようです。冒頭16節にこのようにあります。「パウロはアテネで二人を待っている間に、この町の至るところに偶像があるのを見て、憤りを覚えた」。「二人」というのはシラスとテモテのことです。直前の箇所で語られているように、パウロは、テサロニケのユダヤ人の迫害から逃れるために、ベレアからアテネへと向かいましたが、シラスとテモテはベレアに残りました。それでパウロはアテネに着くと、シラスとテモテに、できるだけ早くアテネに来るよう指示を送りました。つまり「二人を待っている間」とは、シラスとテモテがアテネに来るのを待っている間ということです。パウロは二人が来てから、アテネで伝道することを考えていたのかもしれません。

じっとしていられない
 ところがパウロは、二人を待っていることができなくなりました。アテネの町を歩いてみると、至るところに偶像があったからです。それを見て、パウロは「憤りを覚えた」と言われています。そう言われるとパウロが怒りに駆られたように思えますが、そうではありません。「憤りを覚えた」と訳されていますが、原文では「彼の霊が刺激された」という表現です。ある方は、「この町が、偶像にみちているのを、つくづく眺めて、彼の魂は、彼の中に、じっとしていることができなくなった」と訳しています。パウロの霊が、魂が刺激されて、じっとしていることができなくなった。黙っていることができなくなった。だからパウロは二人を待つことなく、会堂で、そして広場にも出かけて行って論じ合ったのです。伝道は怒りに駆られてできるものではありません。パウロがじっとしていられなかったのは、黙っていられなかったのは、アテネで偶像を頼みとして生きている人たちに、まことの神を伝えようとしたから、伝えずにはいられなかったからです。この人たちを放っておけなかったからなのです。
 私たちの伝道の根本にあるのはこのことです。私たちの霊が、魂が刺激されて、じっとしていられない、黙っていられないということなしに、伝道はできません。伝道は、教勢を伸ばすために、つまり教会員の人数を増やし、教会の規模を大きくするために行うのではありません。それは、伝道の結果、果実に過ぎません。そうではなく、じっとしていられないから、黙っていられないから、主イエス・キリストのことを語り出すのが伝道です。語らずにはいられないから語る、伝えずにはいられないから伝える、それが私たちの伝道の根本にあることなのです。アテネの町には、至るところに偶像がありました。私たちが暮らしている社会にも、目に見える偶像だけでなく、目に見えない偶像が溢れています。それらの偶像を信じて生きている人たちに出会うとき、私たちも、じっとしていられない、黙っていられない、ということがあるはずです。いえ、なくてはならないのです。もちろんそれは、その人たちを批判して、言い負かすということではありません。そうではなく、目に見えない偶像を、たとえばお金や財産、人の評価や評判、競争に勝つこと、そのような目に見えない偶像を信じ、しかもその偶像に振り回されて、不安に駆られている方々を見るとき、まことの神を伝えたくなる。じっとしていられなくなる、黙っていられなくなる。偶像を信じ、あるいは偶像に振り回されている方々を放っておけなくなるのです。
 だからといって私たちは、まことの神について教える、というような上から目線で相手に接するのではありません。かつて神は、あの方やこの方を用いて、自分を放っておくことがありませんでした。あの方やこの方との出会いを通して自分が教会へと導かれ、主イエス・キリストと出会い、まことの神を知り、その救いにあずかってキリスト者となったのです。そのことを想い起こすとき、私たちも、今、まだ主イエスに出会っていない方々に、まことの神を知らず、偶像に頼って生きている方々に出会うとき、その方々を放っておくのではなく、その方々に主イエス・キリストを証しし、まことの神を伝えていくのです。伝道というのは、実は難しいことではありません。偶像に頼って生きている方々と接して、じっとしていられなくなる、黙っていられなくなる。そのような私たちを用いて、神は伝道を進めてくださるのです。

哲学者たち
 さて、パウロが広場で討論した人たちの中には、エピクロス派やストア派の哲学者たちがいました。エピクロス派とストア派は、当時のギリシア・ローマ世界を代表する哲学でした。エピクロス派は、幸福の基礎は「快楽」にあるとしました。といっても「快楽」とは、欲望のままに生きることではありません。むしろ、心の平静を保ちながら、穏やかに生きることを重視しました。エピクロス派は神々の存在そのものを否定したわけではありませんが、神々は人間の営みに介入することはないと考えていました。一方、ストア派は、幸福の基礎は理性に従って生きることにあるとしました。ストア派は、宇宙全体が理性の法則によって支配されていると考えました。そして、人間もその理性の一部を持つ存在であるから、理性の法則に従って生きることができると考えたのです。このように、エピクロス派とストア派の主張は大きく異なっていましたが、どのように生きれば人間は幸福になれるのかという問いに対する答えを、人間が追求し、考え出したという点では同じであったのです。

アレオパゴスに連れて行かれる
 18節にあるように、パウロと討論したエピクロス派やストア派の哲学者たちの中には、「このおしゃべりは、何が言いたいのか」と言う者や、「彼は外国の神々を宣伝する者らしい」と言う者がいました。「おしゃべり」と訳された言葉は「種をついばむ者」という意味の言葉です。要するにパウロが「知識の断片をあちらこちらから集めてくる者」であると、見下しているのです。その一方で「外国の神々を宣伝する者らしい」という言葉は、哲学者たちがパウロの言葉に興味を持ったことを示しています。しかし、なぜ「外国の神々」と言われているのでしょうか。パウロが宣べ伝えたのは神々ではなく、ただお一人の神であったはずです。その理由は18節の後半から分かります。「パウロが、イエスと復活について福音を告げ知らせていたから」と言われています。私たちにとっては、当然のことが言われていますが、アテネの哲学者たちは、パウロのこの言葉を勘違いしたようです。復活という言葉は、ギリシア語で「アナスターシス」という女性形の名詞です。そのため彼らは、イエスという男性の神と「アナスターシス」という女性の神について、パウロが語っていると勘違いして、「彼は外国の神々を宣伝する者らしい」と言ったのです。見下されたにせよ、勘違いされて興味を持たれたにせよ、パウロが広場で語ったことは、居合わせた人々の、特に哲学者たちの関心をそれなりに引いたのです。
 そこで彼らはパウロをアレオパゴスに連れて行きました。「アレオパゴス」には裁判所があったので、「アレオパゴスに連れて行った」というのは、裁判所に連れて行ったということだ、と考えられることもあります。しかしおそらく、裁判所のあるアレオパゴスの丘では、多くの人々が集まって議論に明け暮れていて、そこでパウロに話をするよう促したのだと思います。「あなたが説いているこの新しい教えがどんなものか、説明してもらえないか。奇妙なことを私たちに聞かせているが、それが一体どんなものなのか、知りたいのだ」と言って、パウロに演説するよう求めたのです。その求めに答えてパウロが語った演説、説教が22節以下に記されています。しかしそこに目を向ける前に、21節に注目したいと思います。

新しい情報を知り、発信したい
 21節でこのように言われています。「すべてのアテネ人やそこに滞在する外国人は、何か耳新しいことを話したり聞いたりすることだけで、時を過ごしていたのである」。「耳新しいこと」と訳された言葉は、「より新しい」「もっと新しい」という意味の言葉です。つまりアテネの人たちは、より新しいことを話したり聞いたりすることだけで、時を過ごしていたのです。それは、現代の私たちにも当てはまるのではないでしょうか。私たちもより新しい情報を知りたい、そしてそれを人に話したい、という欲求に駆られています。特に情報を簡単に得ることができ、また瞬時に発信できる現代社会は、新しい情報を知りたい、発信したい、という私たちの欲求に拍車をかけています。私たちは、一日中、新しい情報を知り、発信しているわけではないでしょう。しかし時間ができると、暇さえあれば、より新しい情報を知り、発信することで、時を過ごしているのではないでしょうか。その意味で、私たちはアテネの人たちと大差ないのです。しかしパウロは、そのような生き方を、30節で「無知」である、と言っています。より新しい情報を知り、それを発信したいという生き方は、本当は「無知」だ、と言うのです。それは、本当に知るべきことを知っていない、ということであり、また、新しい情報を楽しむだけで、それによって自分の生き方が変えられないのであれば、「無知」と同じだ、ということなのです。

知られざる神に
 もっともパウロは、アレオパゴスの真ん中に立つと、アテネの人たちの生き方を否定することから語り始めたのではありませんでした。「アテネの皆さん、あなたがたがあらゆる点で信仰のあつい方であることを、私は認めます」と語り始めたのです。「信仰のあつい」とは宗教心が豊かな、という意味で、平たく言えば「求めている」ということです。特定の宗教を求めていなくても、自分の安心や支えを得るために何かしらを求めている、ということも含むでしょう。アテネの場合には、町の中に多くの神々の像があり、人々はそれらを拝んでいました。パウロは、アテネの町の中で、「知られざる神に」と刻まれている祭壇すら見つけます。なぜそのような祭壇があったのでしょうか。多くの神々がいる社会では、自分たちがまだ名前の知らない神がいても不思議ではありません。そしてその神のために祭壇を造らないと、災いがあるかもしれない、という恐れがあったのです。そのような恐れに駆られて、人々は、「知られざる神に」と刻んだ祭壇を造りました。確かにアテネの人たちは多くの神々の像を拝んでいて、神々を求める思いがありました。しかしその根本には、神々が災いをくだすことへの恐れがあったのです。私たちが暮らす日本も多神教の社会です。私たちの社会にも、神々の祟りを恐れる感覚が根づいているのではないでしょうか。

まことの神を伝える
 そこでパウロは、アテネの人たちの神々を求める思いを受けとめつつ、「あなたがたが知らずに拝んでいるもの、それを私は知らせましょう」と言って、まことの神について語り始めます。それが24節以下です。そこでパウロが語っていることは、まず、「世界とその中の万物とを造られた神」は、「天地の主」である、ということです。それは、まことの神は世界を造られただけではなく、今も、世界を支配し、導き、支え、守ってくださっている、ということにほかなりません。まことの神は、エピクロス派が考えるような人間の営みに介入しない神々ではなく、この世界に、人間の営みに関わってくださる神なのです。またパウロは、「天地の主」である神が、「人の手で造った神殿などにお住みに」ならないとも語ります。人間が神殿や祭壇を造ったり、あるいは29節にあるように、「人間の技や考えで刻んだ金、銀、石などの像」を造ったりすることは、神を人間の考えの中に、思考の中に閉じ込めることです。そしてそれが、偶像の本質です。偶像とは、目に見えるものであれ、目に見えないものであれ、自分のために造った神、自分に都合のよい神のことなのです。しかし天地を創造し、今も天地の主であられるまことの神は、人間の思考の中に閉じ込められることのない、人間を超えたお方であり、それにもかかわらず人間の営みに関わってくださるお方です。ですからまことの神は、人間がお世話をしなければならないということは決してありません。「何か足りないことでもあるかのように、人の手によって仕えてもらう必要もありません」とは、そういうことです。それだけではありません。まことの神は、「すべての人に命と息と万物とを与えてくださる」のです。ストア派は、人間にも理性の一部が与えられていると考えました。しかしまことの神は、私たちに命を与えてくださり、本当に必要なものをすべて与えてくださいます。私たちが神のご機嫌をとって神を生かすのではなく、神こそが私たちを生かしてくださるのです。このまことの神を知ることによってこそ、神々が災いを下すことにビクビクして生きることから解放されるのです。
 アテネの人たちが、そして私たちが知るべきなのは、このまことの神です。より新しい情報などではなく、このまことの神なのです。私たちはこの神を知ることができないわけではありません。だから27節で、「彼らが探し求めさえすれば、神を見いだすことができる」と言われ、「実際、神は私たち一人一人から遠く離れてはおられ」ないとも言われています。次の28節は理解しにくいのですが、新共同訳では、「私たちは神の中に生き、動き、存在している」と「我らもその子孫である」を、ギリシアの詩人の言葉の引用と解釈していました。そのほうが良いように思います。つまりギリシアの詩人が、「我らは神の中に生き、動き、存在する」「我らもその子孫である」と言っているほどに、アテネの人たちの近くに神がおられ、彼らは神を知ることができるはずなのに、まことの神を知らないでいる、とパウロは語っているのです。

無知な時代と今
 天地の造り主であり、今もこの世界を支配しておられ、私たちに命を与え、その人生を導き、必要なすべてのものを与え、私たちを生かしてくださるまことの神を知らない。それが「無知な時代」です。30節でこのように言われています。「さて、神はこのような無知な時代を大目に見てくださいましたが、今はどこにいる人でも皆悔い改めるようにと、命じておられます」。神は、かつて、まことの神を知らないことを大目に見てくださいました。それは、まことの神を本当に知ることができなかったからです。しかし今は、そうではない。その理由が31節でこのように語られています。「先にお選びになった一人の方によって、この世界を正しく裁く日をお決めになったからです。神はこの方を死者の中から復活させて、すべての人にそのことの確証をお与えになったのです」。神が「先にお選びになった一人の方」とは、神の独り子イエス・キリストにほかなりません。主イエス・キリストによって、神はこの世界を正しく裁く日をお決めになった、と言われています。「この世界を正しく裁く」とは、使徒信条で「生ける者と死ねる者とを審きたまはん」と告白しているように、神の正しい審きを通して救いが完成する、ということです。神は御子イエス・キリストの十字架の死と復活によって救いを実現してくださいました。そして復活され、天に昇られたキリストが、世の終わりに再び来てくださり、救いを完成してくださることを約束してくださったのです。神は、キリストによって、将来、審きを通して救いを完成することをお決めになり、またそのことの確証を、キリストを復活させることによって、すべての人に与えてくださったのです。

まことの神を知ることによって
 そしてこのことは、御子イエス・キリストによって、私たちは本当にまことの神を見いだし、まことの神を知ることができるようになった、ということでもあります。御子キリストがお生まれになり、地上を歩まれ、十字架につけられて死なれ、復活されたことを通して、私たちは本当に神を知ることができるようになったのです。独り子を十字架につけるほどに私たちを愛してくださる神が、この世界を創造し、今も、この世界を支配していてくださり、そして私たち一人ひとりに命を与え、その人生を導き、必要なものをすべて与え、生かしてくださっていることを知ることができるようになったのです。聖書が証言する主イエス・キリストを通して、このまことの神を知ることによって、私たちは安心して、希望を持って生きることができます。それは、このまことの神を知り、信じることによって、人生から苦しみや悲しみが消えてなくなるからではありません。私たちの人生には多くの苦しみや悲しみがあり、そして誰もが地上の生涯の終わりを迎えます。しかしそれらはすべて、得体の知れない、何だかよく分からない力の中で起こっているのではありません。まして神々が下す災いや祟りでは決してありません。多くの苦しみも悲しみも、地上の生涯で迎える死も、すべて天地の造り主であり、今も、この世界をご支配し、そして独り子を賜るほどに私たちを愛してくださる神の御手の中で起こっているのです。しかも私たちは、死によって神の御手の中からこぼれ落ちるのでは決してありません。死を迎えても、なお神の御手の中に置かれ、そして世の終わりに、救いの完成のときに、私たちは復活させられ、永遠の命にあずかるのです。だから私たちは、苦しみや悲しみに直面するときも、死を迎えるときも、なお神が与えてくださる平安の内に、絶望することなく、希望を持って歩むことができるのです。

近きにいます神
 「実際、神は私たち一人一人から遠く離れてはおられません」。そうパウロは語りました。このことも御子キリストの十字架と復活によって実現したことです。本来、私たちは神に近づくことなどできません。私たちは罪人であり、神のみ前で滅ぼされるしかない者だからです。しかしそのような私たちのために、神は独り子イエス・キリストをこの世に遣わしてくださいました。キリストが私たちの代わりに、私たちの罪をすべて背負って、十字架で死んでくださることによって、私たちの罪が赦され、私たちは神に近づくことができるようになったのです。キリストの十字架と復活によって、神は、私たちから遠く離れた神ではなく、私たちの近きにいます神、となってくださいました。私たちの近くにおられる神は、私たち一人ひとりの一日一日の歩みを導き、支え、守ってくださり、また日々罪を犯す私たちを赦し、新しく生かし続けてくださっているのです。私たちが神を見失うようなときも、神はキリストによって私たちの近くにいてくださり、私たちと共にいてくださいます。しかも地上の生涯で迎える死を超えて、私たちの近くにいてくださり、私たちと共にいてくださるのです。
 これから私たちは聖餐にあずかります。聖餐において私たちは、キリストの体と血とにあずかり、その救いの恵みを体全体で味わうことを通して、神がキリストの十字架と復活によって、私たちの近きにいます神となってくださったことを知ります。キリストによって私たちの近くにおられる、このまことの神を知ることこそが、私たちを本当に生かし、私たちに本当の平安と希望を与えるのです。

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