主日礼拝

いやしと宣教

「いやしと宣教」  牧師 藤掛順一

・ 旧約聖書: イザヤ書 第61章1―4節
・ 新約聖書: マルコによる福音書 第1章29―39節
・ 讃美歌:13、57、497

二つの癒しの奇跡
 ガリラヤ湖の四人の漁師たちを弟子とした主イエスは、カファルナウムに来て、安息日に会堂で教え始めました。そのことを私たちは先週の礼拝において、マルコ福音書1章21節以下から聞きました。本日はその続き、29節からです。冒頭に「すぐに、一行は会堂を出て、シモンとアンデレの家に行った」とあります。「すぐに」という言葉は、これまでに何度も申していますが、マルコ福音書にしばしば出てきます。マルコは「そしてすぐに」という言葉によって話をつなげていく癖があるのです。箇所によっては、どれくらい「すぐ」なのかが明確でない場合もあります。しかしこの29節の「すぐに」の意味は明確です。カファルナウムの会堂での安息日の集会が終ってすぐに、主イエスの一行は、シモンとアンデレの家に行ったのです。最初の弟子となったシモンとアンデレ兄弟の家はカファルナウムにありました。その家には、シモンのしゅうとめ、つまり妻の母親が一緒に暮らしていました。ここから、後にペトロと呼ばれるようになったシモンは、主イエスの弟子となった時既に結婚していたことが分かります。パウロの手紙の中には、ペトロが妻を連れて伝道をしていることが語られている所があります。ペトロと妻は、後に夫婦そろって主イエスの福音を宣べ伝える者となったのです。本日の箇所に出てくるのはその妻の母、シモンのしゅうとめです。彼女はこの時熱を出して寝ていました。「人々は早速、彼女のことをイエスに話した」と30節にあります。このあたり、かなり細かい描写がなされています。それは、このマルコ福音書が、シモン・ペトロの証言をもとにして書かれたからだろう、と考えられています。著者マルコはペトロのお供をしていた、ということが、紀元2世紀に書かれた文書に記されています。この日の出来事を直接体験したシモン・ペトロの肉声をここに感じ取ることができます。31節の「イエスがそばに行き、手を取って起こされると、熱は去り、彼女は一同をもてなした」というのも、シモン自身の証言に基づく細かい描写でしょう。主イエスが彼女の病気を癒して下さったのです。先週読んだ所には、ある人に取りついていた汚れた霊、悪霊を主イエスが叱って追い出した、という奇跡が語られていました。悪霊が出て行ったことによってその人は正常な状態に戻ったのです。つまりこれも癒しの奇跡です。この安息日に、悪霊からの解放と病からの解放という二つの癒しの奇跡が行われたのです。

多くの人々を癒す
 32節には「夕方になって日が沈むと」とあります。ユダヤの暦においては、一日は日没から始まります。つまり「夕方になって日が沈むと」というのは、安息日が終って次の日になったということです。すると、「人々は、病人や悪霊に取りつかれた者を皆、イエスのもとに連れて来た」とあります。それは、安息日の間は病人を連れて来るような仕事をしてはならなかったからです。日が沈んで安息日が終ると同時に、シモンの家の前は病人や悪霊に取りつかれた人たちで溢れ返りました。33節には「町中の人が、戸口に集まった」とあります。主イエスはその人々を追い返したりはせずに、34節にあるように「いろいろな病気にかかっている大勢の人たちをいやし、また、多くの悪霊を追い出」されたのです。その癒しの業はおそらく夜遅くまで続いたことでしょう。

権威をもって福音を告げ知らせる主イエス
 主イエスがこのように多くの人々に対して癒しのみ業をなさったことがここに語られています。悪霊や病気の苦しみから人々を解放し、救って下さる方としての主イエスのお姿がここに描かれているわけです。しかし私たちは、そのことだけに目を奪われてしまってはなりません。マルコがここで描いている主イエスのお姿の中心はどこにあるのかを正確に捉えておく必要があります。先週の所に語られていたように、主イエスは、安息日に会堂で教えを語り始め、人々はその教えに非常に驚きました。それは主イエスが、律法の権威の下でその解釈や応用を語っている律法学者たちとは違って、ご自身が権威を持っている方としてお語りになったからでした。主イエスが権威をもってお語りになったのは15節の言葉です。「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」。神の国つまり神様のご支配、が実現する神の時が今や近づいていると宣言し、その神様の方に身も心もしっかり向ける「悔い改め」を迫り、それによって人々を、神様の救いの知らせである福音を信じることへと招く、主イエスはそういう教えを、神の子としての権威をもって語られたのです。悪霊追放の奇跡は、主イエスのこの権威ある教えに対して悪霊が「かまわないでくれ。我々を滅ぼしに来たのか」と叫んだことによってなされました。悪霊に取りつかれた人は、主イエスの教えを受け止めることができなくなり、主イエスが自分を滅ぼしに来た敵であるように思ってしまうのです。主イエスはそういう悪霊を追い出して、その人が主イエスの教えを聞くことができるようになさったのです。本日の箇所におけるシモンのしゅうとめの癒しも同じ意味を持っていると言えると思います。そのことは、癒された彼女が「一同をもてなした」と語られていることに現されています。「もてなす」という言葉は一般的には「奉仕する」という意味です。癒された彼女は、主イエスと弟子たちに奉仕する者となったのです。それは、悪霊を追い出してもらった人が、主イエスの教えを聞く者となったことと重なります。悪霊や病気からの解放は、主イエスの教えを聞き、主イエスに仕える者となることをもたらしているのです。つまりマルコがここで描いている主イエスのお姿の中心にあるのは、権威をもって神の国の到来を宣言し、福音を告げ知らせているお姿です。癒しのみ業は、その福音を聞くことを妨げている力を主イエスが打ち破って下さり、また福音を信じ、主に仕えて生きることができるようにして下さることを示すためになされている、そういう意味では付随的なみ業なのです。

悪霊に勝利する主イエス
 この関連で、33節の「悪霊にものを言うことをお許しにならなかった。悪霊はイエスを知っていたからである」という所について考えておきたいと思います。悪霊はイエスを知っていたので、主イエスは悪霊にものを言うことを許さなかったのです。つまり悪霊は主イエスが誰であるのかを知っており、主イエスは悪霊がそれを語ることを禁止なさったのです。これは先週の箇所の34節で悪霊が主イエスに「正体は分かっている。神の聖者だ」と言い、主イエスが「黙れ」とその悪霊を叱って追い出したこととつながります。人々はよく分かっていませんでしたが、悪霊は、主イエスが誰であるか、主イエスの正体を知っているのです。その主イエスの正体が「神の聖者」と言われています。神様から遣わされた聖なる方、神様の独り子、罪や悪霊の支配から人間を解放する救い主といったことがこの一言に込められています。人間を超えた霊的存在である悪霊はこの主イエスの正体を知っているのです。しかし主イエスは悪霊がそのことを語るのをお許しにならないのです。このことの背景には、相手の正体を把握してそれを語ることによって、相手を支配し主導権を得ることができる、という当時の考え方があります。悪霊が「イエスの正体は神の聖者だ」と言ったのは、イエスの力を制し、この人から追い出されるのを防ぐためでした。34節においても、悪霊は主イエスの正体を語ることによって主導権を得ようとしたのです。しかし主イエスはそれをお許しにならず、悪霊にものを言わせなかったのです。そこにも、悪霊に勝利する主イエスのお姿が描かれています。このように、マルコはここで、神様のご支配の確立による救いを宣言し、その喜ばしい知らせ、福音へと人々を招く権威ある救い主としての主イエスのお姿を描き示しているのです。悪霊の追放も、病気の癒しも、この主イエスの権威と力、また主イエスによって与えられる救いの恵みを指し示すしるしとして語られているのです。ですから私たちは主イエスのことを、人々の苦しみや悲しみを癒し、捕われから解放して下さる方、としてのみ捉えてしまってはなりません。主イエス・キリストは、神の国、つまり神様の恵みのご支配の実現を私たちに宣言し、その恵みのご支配へと、つまり救いへと私たちを招いて下さる方、そのようにして神の国の福音を告げ知らせて下さる方なのです。主イエスによる癒しのみ業は、この福音を宣べ伝えること、つまり宣教の一環としてなされています。私たちが悔い改めて福音を信じて新しく生きることを妨げようとする様々な力を主イエスが打ち破り、主イエスを信じ従う歩みへと解放して下さることのしるしとしてそれはなされているのです。
祈る主イエス
 さて、日が沈んでから続々と訪れてきた病人や悪霊に取りつかれた人を癒すみ業を、主イエスはおそらく夜遅くまでしておられました。しかし35節には「朝早くまだ暗いうちに、イエスは起きて、人里離れた所へ出て行き、そこで祈っておられた」とあります。夜遅くまで癒しをしておられた主イエスは、朝早くまだ暗いうちに起きて、カファルナウムの町を出て行かれたのです。それは人里離れた所へ行って祈るためでした。多くの人々に福音を宣べ伝え、癒しのみ業を行う、その主イエスのお働きは、救いを求めて集まって来る人々から離れて、一人で父なる神様の前に出て祈ることの中でなされていたのです。ところで、マルコ福音書は、このように祈っておられる主イエスのお姿をそう頻繁には語っていません。むしろルカ福音書の方がずっとしばしば、主イエスが祈っておられたことを語っています。そのルカ福音書と比較することによって見えてくることがあります。マルコのこの35節と同じ場面を語っているのは、ルカ福音書においては4章42節ですが、そこには、主イエスが祈っておられたことは語られていないのです。祈っておられる主イエスの姿をより頻繁に語るルカが、ここではそれを語っておらず、マルコのみがそれを語っているのはどうしてなのでしょうか。一つにはそれは、今申しましたように、福音を宣べ伝え、癒しを行う、その主イエスのみ業が、父なる神様への祈りに支えられていたことをマルコが強調しているということでしょう。しかしそこにはもう一つの理由があるように思われます。その理由は、36節以下を読んでいくことによって明らかになっていきます。

主イエスを捜す人々
 36節以下には、シモンとその仲間、つまり弟子たちが、まだ暗いうちに町を出て行かれた主イエスの後を追ってきたことが語られています。主イエスを見つけた彼らは「みんなが捜しています」と言いました。その「みんな」とは、カファルナウムの町の人々のことでしょう。彼らは夕べ、病気の人や悪霊に取りつかれている人たちを主イエスのもとに連れて来て、癒してもらったのです。しかし夜遅くまで続いたその癒しの業によってもなお残ってしまった人たちがいたのでしょう。そういう人たちが、今日こそは主イエスに癒していただきたいと願って待っているのです。ところが朝起きてみたら主イエスがいない。それでみんなが捜しているのです。しかし主イエスを捜しているのは病気の人や悪霊に取りつかれていた人だけではありません。カファルナウムの町の人々は皆、このような癒しのみ業をなさる主イエスに、ずっとこの町に居て欲しいと思っているのです。どこかへ行ってしまわないで欲しいのです。「みんなが捜しています」という言葉にはそういう思いが込められていると言えるでしょう。そのことは、ルカ福音書におけるこの場面を読むことによってさらにはっきりします。ルカの4章42節の後半はこうなっています。「群衆はイエスを捜し回ってそのそばまで来ると、自分たちから離れて行かないようにと、しきりに引き止めた」。「自分たちから離れて行かないようにと、しきりに引き止めた」それが、主イエスを捜しているカファルナウムの人々の思いなのです。

弟子たちを伴って
 ところで、ルカにおいては主イエスを捜し回ったのは「群衆」でした。マルコではそれが「シモンとその仲間」です。弟子たちが、暗い内にいなくなってしまった主イエスの後を追ったのです。この違いは大きな意味を持っています。なぜならそれによって、この後の主イエスのお言葉が語られた相手が変わってくるからです。つまりマルコでは、38節の「近くのほかの町や村へ行こう。そこでも、わたしは宣教する。そのためにわたしは出て来たのである」という主イエスの言葉は、弟子たちに対して語られたものであるのに対して、ルカでは、4章43節の「ほかの町にも神の国の福音を告げ知らせねばならない。わたしはそのために遣わされたのだ」というお言葉は、群衆たちに対して語られているのです。このルカ福音書の語り方においては、主イエスは、自分たちから離れて行かないようにと引き止めたカファルナウムの人々に対して、あなたがたの間にだけ留まっているつもりはない。他の町にも福音を告げ知らせることが自分の使命だ、とおっしゃったことになります。カファルナウムの人々が、自分たちの病気や苦しみを癒してくれる人を確保しておきたいと願っているのに対して主イエスは、自分がこの世に遣わされた目的は癒しを行うことではなくて、神の国の福音を多くの人々に告げ知らせることだ、とおっしゃったのです。マルコ福音書におけるお言葉にも勿論そういう意味があります。しかしマルコにおいては、これが弟子たちに対するお言葉となっていることによって、別の意味がつけ加えられているのです。それは、主イエスが父なる神様から与えられている、神の国の福音を告げ知らせる宣教の使命へと、主イエスは弟子たちを伴い、彼らと共にそれを果たしていこうとしておられる、ということです。「近くのほかの町や村へ行こう」という言い方にそれが現れています。これは、「さあ我々はこうしよう」という呼びかけの言葉です。主イエスお一人が他の町や村へ行くのではなくて、弟子たちと一緒に、福音を告げ知らせる使命を果していこうとしておられるのです。以前の口語訳聖書はそういうニュアンスを生かしてここを、「ほかの、附近の町々にみんなで行って、そこでも教を宣べ伝えよう」と訳していました。つまりマルコにおけるこの主イエスのお言葉は、弟子たちを福音の宣教の働きへと招き、また伴おうとしているのです。その働きの中心におられるのは勿論主イエスです。「そこでも、わたしは宣教する。そのためにわたしは出て来たのである」というお言葉がそれを示しています。神の国の福音を宣べ伝え、人々に「悔い改めて福音を信じなさい」と促す使命は主イエスにこそ与えられており、それを行なっていくのはあくまでも主イエスです。しかし主イエスはその宣教のお働きに、弟子たちを伴っていこうとしておられるのです。ルカによる福音書の同じ場面と見比べることによって、マルコのそういう意図が浮かび上がってきます。そしてそこに、先ほど申しました、マルコがここで主イエスが祈られたことを語ったもう一つの理由が示されてくるのです。主イエスの祈りは、ご自身の宣教と癒しの業のための祈りであるだけでなく、弟子たちのための祈りでもあったのです。主イエスはこれから弟子たちを、宣教の旅に同行させ、主イエスが神の国の福音を告げ知らせ、それを妨げる悪霊を追い出し、病を癒す、そのみ業を彼らに見せ、体験させることによって、彼らが将来主イエスによって遣わされて、全世界に出て行って福音を宣べ伝えるための備えをさせようとしておられるのです。主イエスはその弟子たちのために、朝早く、まだ暗いうちから祈って下さっていたのです。
 このようにマルコはここで、主イエスの弟子たち、従って行く者たちが、近くのほかの町や村へ行って福音を宣べ伝える主イエスに同行し、主イエスの宣教の働きを共に担う者とされていったことを見つめています。ですから39節の「そして、ガリラヤ中の会堂に行き、宣教し、悪霊を追い出された」というのは、勿論主イエスご自身のお働きですけれども、その傍らにはいつも弟子たちが共にいたのです。まだ主イエスのお働きを共に担うことなどとうてい出来ない者ですけれども、しかし将来主イエスによって派遣され、神の国の福音を宣べ伝えていくための備えが既にここから始まっているのです。

主イエスについて行くなら
 神の国の福音を宣べ伝える主イエスの宣教の活動と、その福音がしっかりと人々に聞かれ、それによって生かされていくための癒しのみ業の中に、マルコはこのように弟子たちの姿を位置づけています。そのように語ることによってマルコは私たちに、あなたがたも自分自身の姿をそこに見いだしていくことができるのだ、と教えているのです。ガリラヤ中の会堂で宣教し、悪霊を追い出された主イエスは、今も生きて働いておられます。横浜中の、神奈川中の、日本中の、そして世界中の町や村で、福音を宣教しようとしておられるのです。そしてそのみ業に、私たち信仰者を伴おうとしておられるのです。私たちは、何かが出来るわけではありません。特別に力があるわけでも、お金があるわけでも、時間があるわけでもありません。しかし主イエスは私たちの力や持ち物や余った時間に期待しておられるのではないのです。主イエス・キリストは、「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」と権威をもって宣言することのできる方です。そして、その福音を信じて生きることを妨げている力を打ち破り、そこから私たちを解放して、主に仕える者として下さることがおできになるのです。神の子としての権威と力とを持っておられる主イエスが、「わたしについて来なさい」と声をかけて私たちを招いて下さり、主イエスに従う弟子、信仰者として下さるのです。そして私たちのために祈り、ご自身の宣教の働きに伴って下さるのです。その主イエスについて行くことが私たちの信仰です。自分たちのもとに、自分たちの町に、主イエスをずっと留めておこうとするのでなく、主イエスが出て行って、ほかの町や村で福音を宣べ伝えようとしておられる、その主イエスについて行って、主イエスがして下さる宣教の業をその傍らで見させていただく者でありたいと願います。弱く貧しく罪に満ちた私たちですけれども、主イエスについて行くなら、すばらしいみ業を目の当たりにすることができるのです。

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