「クリスマスに平和の祈りを」 牧師 藤掛順一
・ 旧約聖書:エレミヤ書 第31章15-17節
・ 新約聖書:マタイによる福音書 第2章1-23節
・ 讃美歌:260、247、259、267、261
指路教会の教会堂について
皆さん、横浜指路教会のクリスマス讃美夕礼拝にようこそおいで下さいました。先週半ばまで、この教会堂の外壁の補修及び一部改修工事が行なわれていました。それがようやく完成し、きれいになった会堂に皆さんをお迎えすることができたことを喜んでおります。 そのついでに、少しこの教会堂についてのお話をさせていただきます。この建物は、1926年、大正15年に建設されたものです。大正15年は暮れに昭和元年になった年です。今年で築92年ということになり、横浜市の歴史的建造物に指定されています。大正12年の関東大震災で、それまでここに建てられていた教会堂が全壊しました。その建物は1892年、明治25年に建てられた、赤煉瓦造の立派なものでした。1892年は、この教会の創立者であるヘボンが77歳で隠退してアメリカに帰国した年です。ヘボンは帰国するに際して、アメリカの教会で募った献金によって立派な教会堂を遺してくれたのです。この教会の名称が「指路教会」となったのもその時からです。ヘボンの置き土産だったその教会堂は関東大震災で全壊してしまいましたが、3年後の1926年にこの教会堂が再建されました。それから92年、指路教会はこの教会堂で礼拝を守り続けています。このあたりのどの建物よりも、この教会堂が先にあったのです。昭和20年5月の横浜大空襲で、直接爆弾は落ちなかったものの、隣から火が入って内部は全焼してしまいました。屋根も落ちて空が見える状態になり、鉄骨はねじ曲がり、廃墟のようだったと言われます。そのようにこの教会堂は戦争の被害を直接に被りましたが、建物そのものは残ったので、私共は戦後、何回にもわたってこの建物の修理、改修を重ねつつ歩んできました。耐震補強もしました。空調設備を入れ、エレベーターも設置し、パイプオルガンを導入し、照明も新しくしました。そしてこのたびは28年ぶりに外壁の補修工事をして、ま新しい建物のようになりました。90年以上の間、横浜の歴史と共に歩んできたこの教会堂をこれからもしっかりと守っていきたいと思っています。
日本の近代の150年の歴史と共に
このようにこの建物には92年の歴史があるわけですが、この教会自体は、今年創立144周年を迎えました。1874年、明治7年にこの教会は生まれたのです。余り話題になりませんでしたが、今年は明治150年に当たる年でした。日本の近代の150年の歴史と共にこの教会は歩んできたと言うことができます。この150年の間日本は、世界全体の動きにいやおうなく巻き込まれ、その中で自らの立ち位置を確立しようと右往左往してきたと言えるでしょう。欧米列強がアジアを植民地化しようとしている中で、鎖国から開国へと大きく方向転嫁をし、急速に近代国家を築くことによって国の独立を守り、逆に自らも列強の仲間入りをすることを目指しました。その過程においていくつかの戦争を行い、朝鮮半島、中国大陸、台湾、そして南太平洋に植民地を得ていきました。そのような歩みの行き着く先であった太平洋戦争で完膚なきまでに敗北し、戦後は一転して東西冷戦の中で西側諸国の一員となり、アメリカの軍事力の保護の下で経済大国への道を歩みました。その時代の世界はある意味とても単純な、分かりやすい構図の下にありましたが、冷戦の終結から30年、今世界はとても複雑な、また不安定な状況になっています。アメリカとロシアと中国という三大国がそれぞれ自国中心の歩みを強めて対立を深めています。その三つの国に囲まれて、日本はどのような立ち位置を保って歩んで行ったらよいのか、とても難しい時代になっていると思います。
ユダヤの王ヘロデの不安
それと同じような難しい状況の中に、イエス・キリストが誕生した頃のユダヤも置かれていました。マタイによる福音書第2章の1節に「イエスは、ヘロデ王の時代にユダヤのベツレヘムでお生まれになった」とあります。ヘロデという王がユダヤを治めていたのです。このヘロデは「大王」とも呼ばれた人ですが、その権力は、当時地中海世界全体を支配下に置いていたローマ帝国の下にありました。ヘロデの王としての地位も、ローマの承認によってこそ保たれており、彼はいつもローマの顔色を伺わなければならなかったのです。権力基盤がそのように不安定な支配者は、自分を退けて代って支配者となる者がいつ現れるかと恐れ、そういう可能性のある者を早いうちに排除しようとするものです。そのような恐れに取りつかれているヘロデの姿がマタイによる福音書第2章に描かれているのです。
東の方からやって来た占星術の学者たちがエルサレムに来て、「ユダヤ人の王としてお生まれになった方は、どこにおられますか。わたしたちは東方でその方の星を見たので、拝みに来たのです」と言いました。ユダヤ人ではない外国人であるこの人たちが拝みに来るのですから、新たに生まれた王は、ユダヤ人だけの王なのではなくて、世界の全ての人々の王となるべき方です。またこの学者たちはユダヤの事情がよく分かっていませんから、ヘロデに遠慮することなく、自分たちが占星術によって得た確信を語っています。それを聞いたヘロデは不安になりました。自分に成り代わって王となる者がついに現れた、という不安です。ヘロデは早速ユダヤの学者たちを集め、ユダヤ人の王として生まれると言われているメシア、神によって遣わされる救い主はどこに生まれると預言されているのかを調べさせます。それはベツレヘムだということが分かると、彼は占星術の学者たちをベツレヘムに送り、新たに生まれた王のことを調べさせようとします。「わたしも行って拝もう」と言っていますが、その子を見つけ出して殺してしまうためです。そのためにこの学者たちを利用しようとしたのです。
学者たちの礼拝の喜び
ベツレヘムへと向かった学者たちを、東の国で見た星が、幼な子イエスのもとへと導きました。幼な子イエスに会った彼らはひれ伏して拝み、黄金、乳香、没薬の贈り物を献げました。それは幼な子イエスを神として礼拝したということです。全ての人々の救いのために一人の幼な子となって下さった神を礼拝した彼らは喜びに溢れました。そして、ヘロデのところへは帰るなという神のお告げがあったので、ヘロデに報告することなく東の国に帰って行きました。
幼児虐殺
そのことを知ったヘロデは怒り狂い、ベツレヘム周辺の二歳以下の男の子を皆殺しにします。救い主イエス・キリストの誕生と共に、ヘロデによる幼児虐殺という悲惨な出来事が起ったことを聖書は語っているのです。その原因は、自分の権力にしがみつき、それを守ろうと必死になっている人間の不安と恐れ、疑心暗鬼です。聖書が語るクリスマスの物語は、明るく温かいメルヘンの世界ではありません。そこには同時に、人間の罪のもたらす悲惨な現実が赤裸々に見つめられているのです。イエス・キリストが馬小屋で生まれたということもそうです。それは決して牧歌的な情景ではありません。今にも子どもが生まれようとしているヨセフとマリア夫婦を、この夜ベツレヘムの誰も、自分の家に迎え入れてはくれなかった、人間のための部屋で出産をさせてあげようとする人が一人もいなかった、だから主イエスは馬小屋で生まれなければならなかったのです。それは生まれて来た主イエスにとっても、主イエスを産んだマリアにとってはそれ以上に、惨めな、つらい、悲しい出来事だったのです。
人間の罪がもたらす悲惨な現実
クリスマスの物語に語られているこのような悲惨な出来事、人間の罪がもたらす悲しい現実は、今この時にも世界中で起っています。幼い子どもが、戦いの中で、また飢えによって命を奪われているという現実が世界にはあります。この国においても、虐待によって幼な子が殺されてしまうということが繰り返し起っています。幼な子だけではありません。幼な子というのは要するに社会の中の弱い存在です。弱い立場の人が、権力を持った者、強い立場の人によって苦しめられる、ということがいつの時代にもあるのです。権力者が自分の地位を維持し、自分たちの利益を守ろうとする時、それによって弱い者が犠牲となり、苦しみを受けるというのは、罪人である人間が築いているこの社会の基本的な図式です。国際社会においても、これまでの秩序が崩れて不安定となり、新たな秩序が模索されている中で、それぞれの国が自国の利益をなりふり構わず主張し、排他的になっています。対外政策が排他的になる時、それぞれの国の中の弱い者、貧しい者も切り捨てられていくのです。自分の権力に固執したヘロデによる幼児虐殺と同じようなことが、今の社会においても行われているし、私たち一人ひとりの心の中にも、自分の利益を求めて人を犠牲にしていくヘロデと同じような思いがあることを認めざるを得ないのです。
罪の現実のただ中に遣わされた主イエス
イエス・キリストは、このような世界のただ中にお生まれになりました。自分の権力に固執して弱い人を犠牲にするような罪に満ちている世界、その罪のもたらす悲惨な出来事だらけのこの世界に来られた主イエスこそ神の独り子であり、ユダヤ人の王であるだけでなく、全世界の人々の救い主であられる、と聖書は告げています。神がその独り子を、罪に満ちたこの世界に、罪人である私たちの救い主として遣わして下さった、それがイエス・キリストです。しかもイエスは、母マリアから一人の赤ん坊としてお生まれになりました。赤ん坊は自分では何もできません。自分を殺そうとしているヘロデの手から自分で自分の身を守ることはできないのです。幼な子イエスがヘロデによる虐殺から守られたのは、ヨセフとマリアが、神からのお告げを受けてエジプトに逃げたからです。このことは、神がご自分の独り子の命を、ヨセフとマリアという夫婦の手にお委ねになったことを意味しています。赤ん坊を連れてエジプトに逃げることは、貧しい彼らにとっては大変な苦労であり、生きていくだけでも大変だったでしょう。神はご自分の独り子である主イエスを、このような貧しさと苦労の中へと遣わし、それを体験させられたのです。そして主イエスは最後には十字架につけられて殺されてしまいます。イエス・キリストのこのご生涯は、この世の権力者たちの身勝手の犠牲となり、苦しみを受け、最後には殺されてしまう、という歩みだったのです。主イエスがそのようなご生涯を歩んだのは、貧しさや弱さによってつらい思いをしている私たちのところに来て下さり、共にいて下さるためです。私たちはつらい思いをしているだけではありません。その私たち自身も罪人であり、自分のことばかりを考え、人を犠牲にし、傷つけてしまっている者なのです。そういう私たちの罪のゆえに、私たちの人生にはつらく悲しいこと、悲惨なことが満ちています。神の独り子である救い主イエス・キリストは、私たちのそういう悲惨な現実のただ中に来て下さって、私たちの罪と苦しみ、悲しみをご自分の身に背負って十字架にかかって死んで下さったのです。このイエス・キリストこそ、神から遣わされた救い主なのだ、と聖書は告げているのです。
喜びと平和と慰めの礼拝の中で
この主イエス・キリストのもとに集って、主イエスを礼拝をするところには、あの東の国から来た学者たちが主イエスを礼拝した時と同じ喜びがあります。人間の罪が渦巻き、そのもたらす悲惨な出来事に満ちているあのクリスマスの物語の中で、あの学者たちの礼拝には喜びと平和と慰めがあります。神さまを礼拝することは、この喜びと平和と慰めの場に身を置くことです。まさに今私たちは、人間の罪が満ちている暗い悲惨なこの世界の現実の中で、このクリスマスの礼拝に集っています。ここには、救い主イエス・キリストによってもたらされた喜びと平和と慰めがあります。この教会堂は、その礼拝のための場所として92年の間この地に立ち続けてきました。私共横浜指路教会は、これからもこの教会堂で、毎週日曜日に、あの学者たちがささげたのと同じ、喜びと平和と慰めの礼拝を守っていきます。今宵このクリスマスの礼拝に来られた皆さんにも、クリスマスだけでなく、その日曜日の礼拝に共に加わっていただきたいと私たちは願っています。ここで礼拝をしたからといって、それで直ちに世界が平和になるわけではありません。人間の罪による悲惨な出来事がなくなるわけでもありません。しかし私たちはここで行なわれる礼拝において、罪の悲惨さに満ちているこの世界のただ中に、一人の弱く貧しい赤ん坊となって来て下さった神の子イエス・キリストと出会うのです。その主イエスは、十字架の死によって私たちの罪を赦して下さり、その救いにあずかった私たちを、人との間に平和を築いていく者として遣わし、用いて下さるのです。この後ご一緒に、「アッシジのフランチェスコの平和の祈り」を今年も祈ります。私をあなたの平和の器とならせてください、という祈りです。私たちを平和の器として用いて下さる「あなた」とは、人間の罪による悲惨さの中にいる私たちのもとに来て下さり、それを背負って十字架の死へと歩んで下さった神の独り子イエス・キリストです。この主イエスを礼拝するところには、喜びと平和と慰めがあります。その礼拝から遣わされて歩むことによってこそ私たちは、人間の罪による悲惨さに満ちたこの世の現実の中で、それに押しつぶされて絶望してしまうことなく、平和をもたらす器となることができるのです。